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53.後にただの外出とは呼べなくなるもの #1

 彼に告白をされてから、五日目の事だった。  こんな時に二人きりで出かけるなど、彼の思い込みを助長させるのではないかと躊躇う俺に、「それはそれ。これはこれだろ」と彼は言い、 「出掛けてみてお互いどう思ったかってのは、良い判断材料になんじゃねぇの?」 と続けられてしまっては、こちらも真剣に考えるという事で合意した以上、避けるわけにはいかなくなってしまった。  そもそものきっかけは、彼に思いを告げられるより前まで遡る。  以前に紹介をした映画の感想から当時の文化や思想、そのまま世界史について話しをしていた際に、隣町の美術館の企画展として国外の著名な美術館のコレクションがやって来ている事を彼が思い出し、絵画を通して時代の流れを見るのも面白そうだなと俺が言ったからだった。今から十日前の事だ。 「じゃあ行かね? 一般教養にもなんだろうし」  絵画に強い関心があるのではないそうだが、勤勉な彼はそう言い「って事で解説よろしく」と悪戯っ子のような笑顔を見せていた。  あの時から既に、彼は思い違いをしてしまっていたのだろうか?  僅な後悔を抱えたまま、待ち合わせ場所である最寄駅のロータリーに佇む。  昼を過ぎてより強さを増した陽光が行き交う人々に降り注ぎ、休日の街を活気付けていた。その中を、仕事終わりの彼が急ぎ足で向かって来る。 「昴。」  名を呼び片手を上げて居場所を示す。直ぐに気が付いた彼は駆け寄り「悪い、待たせた」と言ってくれた。がしかし、直後に俺をまじまじと眺める。何事かと思っていると、口元を覆いながら彼は「可愛い……」と呟いた。  いけない。この格好はまずかったようだ。制服と多少色味や材質が違う程度のシャツとパンツにサマーニットを足しただけの格好のはずだが、何かが彼の琴線に触れてしまったらしい。 「今日は帽子の類いを被っていないのだな。」  当たり障りのない会話で誤魔化す為に、前回の外出時との差を話題にしてみる。狡いかも知れないが、先程の発言は聞こえなかったフリをした。 「ああ。何で?」 「似合っていたな、と思って。」 「……早く言えよ。次から合う格好にする」 「今日の服装が良くないと言っているのではないぞ。寧ろ、前回と同じく服選びが上手いなと感心している。体型が活かされていて格好良い。」  分析したままの感想を述べると、あーと言いながらまたも彼は顔を覆う。俺の髪をぐしゃぐしゃと撫ぜながら、だからそういうとこだって、と少し呆れた風に溢した。 「時に、昴は視力が低かったのか?」  並んで歩き出した彼の眼の周りを見慣れぬフレームが縁取っている事が気になり、尋ねてみる。授業中にかけている様子はなかったはずだが。 「UVカット。目の色薄い方らしくて日差し強いと痛いんだよ、たまに」  成る程。確かに、田崎や泉達と比べて虹彩の色が淡い。瞳の形の為かと思っていたが、周りの人間と比べて瞳孔が際立つその色味が、視線を強く感じさせるのかも知れない。  インテリ感出過ぎるから制服の時はかけないけど、と彼はぼやいていたが、そのような印象になるだろうか? 「今日の服装には合っていると思うぞ? 普段と違う一面を見ているようで、楽しい。」 「冷静に考えて欲しいなら、それアウトだから」  どうも、俺は彼を褒め過ぎる傾向にあるらしい。  数十分程の移動の後に到着した美術館は、休日だけあって盛況だった。  年代毎にテーマを付けた展示は、出口に向かう程新しい時代となっているようだった。順路に添いながら、人集りの少ない作品から見て回る。  解説をと頼まれていたが、実のところ、俺が生まれるより前の年代の物が多い。蓄積されている知識を組み合わせ、ある程度の説明をする事は出来たが、見たままの感想を述べ合う時間も多かった。  初めの方に展示されている絵はまだ平面的で、表情の薄い顔立ちにぱっきりとした着色が施されている。それが時代を追うに連れ、遠近法、人体構造、光の捉え方が研究され変化して行く。  ふっくらと血色の良い肌から透ける静脈の色合いを「どう描いてんのこれ」とまじまじと眺めてみたり、二メートルを越す肖像画を前に「自分よりデカイ自分の絵とか怖くね?」と感嘆とも呆れとも取れる呟きを零す彼が微笑ましい。 「しかしながら、どれも見応えがあるな。」  長きに渡り人々の視線を受けて来ただけあって、どの絵も見られる事に慣れている。往年の俳優の如く堂々とした佇まいで壁に立ち並ぶ様は、内側から力が溢れ出ているようだった。 「よく描けんなぁってのもあるけど、それだけじゃない感じするよな。『オーラとか何それ?』って思ってたけど、流石になんとなく分かるわ」 「それは、嫌な感じではないか? 体調は?」  彼の発言にどきりとする。人の思いがこもった物は、彼にとって天敵だ。念の為に対策は施し、今も見た目には現れていなかったが、実際どうであるかは彼本人でなければ分からない。 「あー、そっか。こういうのが駄目なんだっけ? けど何とも」 「良かった。気を配れておらず、すまない。」 「何で謝んだよ。こんな所でそうなるかもとか、想像つかないだろ」  これまでの人生において大きな比重を占めて来た事柄にも関わらず、彼は大した事でもないといった風に話す。原因が判明したからという理由あるだろうけれど、気に留めてはならないものとして処理され続けて来た影響ではないかと考えると、早く本当の意味で「何でもない」と言えるものになって欲しい。

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