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一人じゃ見られない景色 2

明後日から夏休み、なのだ! しかも悠貴さんも奇跡的に休みが取れたから、1泊2日で出かけるのだ! 今まで休日らしい休日を取れなかった悠貴さんが、一生懸命スケジュールを調整して、休みをもぎ取ってくれた。 悠貴さんが休むとなると、重篤(じゅうとく)な患者さんがいないこと、部下にも休みを取らせること、看護師とも伝達事項や情報共有の徹底など、自分が抜けた時に備え、あらゆる事態を乗り越えられるように調整しなくてはならない。 本当に大変だと思う。ボクみたいな研修医が抜けたところで、雑用係りがいなくなった程度だけど、悠貴さんは部長だから相当大変なのだ。 そして、その貴重な休みを利用して近場だけどキャンプに行こうと、誘ってくれた。 ボクとの旅行なんかに、そんな貴重な休みを使ってしまって、本当にいいのかと、今でも思ってしまう。 もちろんボクが旅行に異論があるわけがないし、断るはずもなく。 研修先の医師と看護師に頼み込んで、拝(おが)み倒して、根性で休みを勝ち取った。休日前後は、馬車馬のように働くことを約束させられたけど。 でも、いいんだ。 悠貴さんと一緒にキャンプに行くためなら、10連勤でも20連勤でも構わない。 キャンプに行ったら、BBQしたり、散歩したりして。 悠貴さんは何がしたいんだろう? ボクと違って大人の男性だから、釣りとかしちゃうのかな? そしたら教えてもらいながら、密着しちゃったりして・・・。 そしたらまさかの、まさかのそのまま・・・なんて・・・。 ああ・・・ダメだ。楽しみすぎておかしくなりそう。 思わすにやけてしまった顔を、自分で軽く叩く。 ダメダメ。まだ仕事残ってるんだから! 気を引き締め直して、ボクは掃除をすべく、診察室の扉を開けた。 モップで床掃除や診察時に使用した器具を消毒して戻したり、与えられた仕事をこなして、整形外科の医師とのディスカッションを終わらせ、ようやっと病院を後にした。 整形外科の場合は、外来しか受け付けていないので、深夜勤がなく、病院を出てもまだ夜の9時だった。 宿直がないだけ有難(ありがた)いと思わなくては。 冷房の効いた病院の廊下を抜けて、職員用出入り口の扉を開ける。 夏真っ盛りのせいで、外に出た途端(とたん)にムッとする湿気が体にまとわりつく。 病院の冷房で冷えていた体が、急激に温められて、額(ひたい)から汗が滲(にじ)み出てきた。 この暑さのせいで、日中深夜問わず、救急車が熱中症患者を病院へと運んでくる。 今も救急搬送口に、赤色灯を灯しながら救急車が止まっており、人の話し声とストレッチャーの車輪の音が、病院へと吸い込まれて消えていく。 ボクはまだ何もできないので、駅へと急ぎ足で向かう。一秒でも早く電車に乗りたかった。 夏の夜は不思議。 駅へと向かう大通りに出て、繁華街へと入っていくと、ボクと同じように駅に向かう会社員もいれば、飲んだ後なのか陽気なオジサンもいるし、夏休み中らしき若い男女が楽しそうにたむろしていたりする。 みんなどこか開放されたような雰囲気で、灯りで照らされた街を行き交っている。 ボクはそれを横目に見ながら、いつもよりも急ぎ足で歩いていた。 じっとりと汗ばむ背中を感じながら、額ににじむ汗をハンカチで拭く。 ふと、見上げた空は真っ黒で、星が見えない。 東京の夜空で星を見ることなんか、もうできなくなっちゃったな。 雲ににじんだ月が、うっすらとした明かりを放って、存在を主張していた。 キャンプ場で星見えるかな・・・悠貴さんと、星見たいな。 そんなことを考えていたら、また少しずつ心が浮き立ってくる。 早く明後日にならないかな。 悠貴さんを独占できる日。ずっとずっと、待ち望んでいた。 一日中一緒にいて、ご飯食べて、おしゃべりして。 隣に悠貴さんがいることを楽しめる日。 どうやらボクも、夏のせいで開放的になっているみたいです。

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