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一人じゃ見られない景色 3
*
ピンポーン
玄関のチャイムが響く。
ボクは飲んでいたコーヒーを飲み下すと、うっすら湯気を立てているカップをテーブルに置き、慌(あわ)てて席を立った。
「あら、来たみたいね」
「うん」
いつも通り早起きなお母さんが、白いエプロンをして朝ご飯を作りながら、のんびりとそんな事を言う。
ボクは生返事をしながら、ダイニングキッチンを出ると、玄関へと小走りで向かう。
夏の湿気を感じながら、ボクは玄関のドアをゆっくりと開けた。
瞳(め)に眩(まぶ)しい太陽を感じて、反射的に目を細める。
視界に、すらりとした長身で、男らしい端正(たんせい)な顔立ちの悠貴さんが飛び込んできた。
今日はいつものスーツとは違って、ジーパンに白いTシャツという、なんともカジュアルな格好だった。
長めの髪を後ろで一つに結んで、サングラスをかけている。
ボクがドアを開けると、微(かす)かに微笑みながら、サングラスを外した。
「薫、おはよう」
「お・・・おはようございます・・・」
見慣れない服装にドキドキする。
職場では絶対に見せてくれない笑顔に、もっとドキドキする。
大人の男性の落ち着きと色気があって、直視できないくらい格好いい。
いつもスーツに白衣を羽織っているのと、ジャケットを着ているのしか見てないから、こんな格好の悠貴さんが珍しくて、本当に珍しくて。
何だか恥ずかしい・・・スーツに白衣も文句なしに格好いいけど、これはこれでまた・・・見つめたら目が潰(つぶ)れそう・・・。
一緒に暮らせてたら、このくらいで動揺しないんだろうな。
悠貴さんが家(うち)に同棲の許可を取りに来てくれたのに、ボクたちはまだ一緒に暮らしてはいなかった。
家族は一人を除いて賛成してくれているので、問題ないのだが、いかんせん当事者二人の休みがなさすぎるせいだった。
引越しするスケジュールが全く組めず、ずるずると先延ばしになっている。
ああ・・・早く一緒に暮らしたいな・・・。
思わず俯(うつむ)いてしまったボクの後頭部に、悠貴さんの大きな温かい手が触れた。
外科医向きの細めの長い指。
久しぶりに悠貴さんの体温を感じた。
この熱に優しさに、何度も触れて、何度も触れていたかった。
ポンポンと撫ぜられて、久しぶりのその感触に、更に恥ずかしくなってしまった。
顔が熱い。
絶対に耳まで真っ赤になってる。
もう付き合ってるのに、いつまでも慣れない・・・ダメだなぁ・・・。
こんなんじゃ呆れられちゃう!
悠貴さんが変に思う前に、ボクは意を決して顔を上げると、にっこりと微笑んだ。
「上がって下さい。外暑いでしょう」
「あ、ああ・・・」
悠貴さんは一瞬ボクから視線をそらして、ゆっくりと玄関口に入って、履いていたスニーカーを脱ぐ。
ボクが用意したスリッパに足を通しながら、家の二階を気にするように、眉根を寄せながら首を伸ばした。
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