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一人じゃ見られない景色 8
「悠貴さん、洗うのくらいはボクもできるから、やりますよ!」
「ああ・・・わかった。じゃあ、オレが網洗うから、薫はお皿とか洗って」
「はい!」
いそいそとお皿とお箸(はし)、コップを持って洗い場に向かうと、後から来た悠貴さんが頭をポンポンと撫(な)ぜてくれた。
顔を上げると、優しく微笑んでいる悠貴さん。
悠貴さんは病院ではいつも気を張っているから、こうして表情の緩んだ悠貴さんを見ると、ほっとする。
ボクと一緒にいることで、悠貴さんが癒されるなら、それが一番嬉しい。
洗い物を済ませて用具を施設に返却すると、夜になる前にテントを張った。
またまた役立たずなボクは、テントを押さえるくらいしかできなかった。
力仕事を悠貴さんに任せてしまって、何だか申し訳ない・・・これじゃあ悠貴さん疲れちゃう・・・。
もっと狭いかと思ったけど、足を伸ばせて寝れるほど意外と広いテントの中でしばらく休んだ後、夕方になったら急に悠貴さんが釣りに行きたいと言い出した。
「釣りですか?」
「施設の中に釣りができるところがあるらしい。実は釣り好きなんだよ」
「へえ・・・なんか意外ですね」
「おっさんくさいか?」
「そんなこと思ってないです!」
「ごめんごめん」
悠貴さんがくすくす笑いながら施設の地図を広げて見せてくれた。
たしかに釣りができる場所が地図にはあった。施設で作ったっぽいから人口の川かもしれないけど、久しぶりに釣りがしたいという悠貴さんの意見に、ボクは異論があるわけもなく。
「でも・・・ボク釣りしたことないですよ・・・」
「そうなのか?子供の頃にも?」
「・・・子供の頃は、美影ちゃんと遊んでたから・・・」
「ああ・・・そうか。まあ、オレが教えるから、大丈夫だよ」
小さく頷(うなず)くと、悠貴さんがまた頭を撫ぜてくれて。
テントを出て施設の受付に行き、釣りをしたいことを告げると、丁寧に案内をしてくれた。
釣りが出来る券を二枚買って、後は釣り場の受付で釣り道具を受け取れば良いとのことで、早速二人で向かう。
次第に青々と繁る木々が増えてきて、水の音が聞こえてくる。
木陰(こかげ)が増えてきたせいか、少し空気がひんやりしている気がする。
山の中の川に来ているような錯覚を覚えながら、受付にたどり着くと道具一式を貸してくれた。
悠貴さんがボクが川に落ちないように手を貸してくれて、なんとか岩場を降りて川の側に辿り着いたのはいいけど、釣りをしたことのないボクは、道具をどう扱ったらいいのかさっぱりわからない。
やっぱり悠貴さんに教えてもらうしかなく、本当に足を引っ張ってばっかり。
針に糸を通す方法や、糸の結び方、リールの巻き方や竿(さお)の持ち上げ方、色んなことを教えてくれるけど、初心者だからなかなか上手くいかない。
悠貴さんは笑いながら手伝ってくれる。
本当は釣りを楽しみたいだろうにボクに構っているから、全然釣れない。
ポイントを変えながら釣りをしていたが、だいぶ日が落ちてきても魚は釣れなかった。
竿を持っている腕が痛くなってきたところで、テントに戻ることにした。
あまり遅くまでいて完全に日が落ちてしまうと、足元が見えなくなって危なくなるので、今のうちに帰ることにした。
何だか本当に申し訳なくなってきてしまった・・・。
結局一匹も釣れなかったけど、悠貴さんが楽しそうに笑ってくれる。
なんかボク、悠貴さんの重荷にしかなっていない気がする。
本当だったらこういうことが得意なお友達とかいそうだから、そういう人と一緒に来た方が悠貴さんは楽しいんじゃないかな?
本当に、ボクで良かったのかな?
心に暗雲(あんうん)が湧(わ)き上がる。
自分に自信がないから、自信なんて持てないから。
いつもいつも、ボクなんかが悠貴さんの隣にいいのか、不安になる。
また悪い癖が出た・・・。
ボクは頭を軽く振って、悪い考えを追い払うと、釣り道具を背負(せお)って先を歩く悠貴さんを追いかけるため、岩場を登り始めた。
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