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一人じゃ見られない景色 9
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釣り道具を返却し、テントのある方へ戻っていると、いつの間にか夕飯の時間になっていたので、ボクたちはそのまま施設のレストランへ向かった。
昼間にBBQをいっぱい食べたのに、体を動かしていたせいかもうお腹が空いていた。
レストランで夕食を食べ、ボクは飲めないけど悠貴さんは好きなワインを少し飲んで、お腹いっぱいになってテントへ戻った。
施設でシャワーを浴びても寝るにはまだ早い時間だから、ボクたちは取り止めのない話しをしていた。
毎日顔は合わせているけれども、挨拶程度しか言葉を交わせない日々がほとんどだから、話したいことが積もりに積もっていた。
悠貴さんはボクの下らない話しを聞きながら、さっき売店で買って来た赤ワインを飲んで、嬉しそうに楽しそうに微笑んでくれている。
ふと・・・会話が途切れた時に、悠貴さんが隣に座るボクを抱きしめて来た。
「悠貴さん・・・?」
お酒のせいかいつもよりも体温が熱い。
悠貴さんの腕が、胸が、吐息が熱い。
もしかして・・・このままエッチするのかな?・・・ボクはいいけど・・・。
淡い期待にドキドキしていると、不意に悠貴さんが口を開いた。
「薫・・・なかなか一緒に暮らせなくて、ごめん」
「え?・・・いえ、悠貴さん忙しいし、ボクも時間取れなくて、だから悠貴さんのせいじゃないですよ!」
「・・・本当は迷ってる。薫を、あの家族から引き離していいのか・・・」
「悠貴さん?」
悠貴さんが腕を緩めたので、ボクは悠貴さんの顔を見上げた。
柳眉(りゅうび)を寄せて、少し淋しそうに瞳を翳(かげ)らせているのを見て、ボクは思わず悠貴さんの頬(ほほ)に手を伸ばした。
なんで・・・そんな瞳(め)をするの?
そっと、悠貴さんの頬を両手で包み込むように撫ぜる。
悠貴さんはそのボクの手の上から、自分の手を重ねた。
「薫の家族が、本当に良い人達だから・・・お父さんもお母さんも優しくて、子供を本当に愛している。姉妹だって・・・仲が良い。だから、薫をそこから引き離していいのか、わからなくなった」
「悠貴さん?」
悠貴さんがボクの両手をきつく握りしめる。
そして、そっと瞳を閉じた。
「オレは・・・持っていないから。『家族』がいないから」
「・・・」
「オレは父親がいなくて、母親は小学生の時に亡くなってしまった。元々体の丈夫な人じゃなかったから。オレを育てるために・・・一生懸命働いて、病気で呆気(あっけ)なく・・・」
「うん・・・」
お母さんの顔を思い出しているのか、悠貴さんが少しだけ微笑んだ。
ボクは、悠貴さんから初めて聞く話しを聞いていた。邪魔しないように、悠貴さんが話しやすいように。
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