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一人じゃ見られない景色 10

「親戚もいないから、母親の葬儀をするお金もなくて・・・亡くなって一週間くらい経った頃、当時住んでたアパートにいきなり人が訪ねて来た。父親の代理人だった」 「うん・・・」 当時を思い出しているのか、苦しそうな、哀しそうな声色。悠貴さんがボクの手を強く握りしめる。 ボクの体温は、貴方を暖めてますか? 「・・・父親が生きていた。母は死んだと言っていたのに。聞けば、大病院の理事長だった。母は父親の愛人だったらしい。それからいきなり父親の家に連れて行かれた。『家族』がいなくなったと思ったら、『家族』が現れた。そう思った」 「はい・・・」 口調が少しずつ強くなる。寄せられた眉根が痛々しい。口唇が微(かす)かに震えている。 ボクの声は貴方を癒してますか? 「嬉しかった・・・でも違った。父親だと名乗った男は、オレを息子として扱わなかった。本妻との間に娘しか生まれなかったから、愛人が生んだ息子を欲しただけだった」 悠貴さんが不意に瞳を開けた。既に微笑みは消えていた。 代わりに、瞳には明らかな敵意と憎しみが見えた。 血を吐くような告白に、涙が出そうになる。 ボクにはわからない、悠貴さんの哀しみが苦しみが、痛かった。 ボクの存在は貴方を癒していますか? ボクはそっと・・・体を起こすと、悠貴さんの額(ひたい)に、軽く口吻けをした。 「それからアイツは、オレを自分の監視下においた。マンションの部屋を与えて、金と教育を与えた。自分の病院を継がせるために、オレを医者にするために」 「・・・」 何度も、何度も、悠貴さんの額に口吻ける。軽く触れるだけのキスを繰り返す。 悠貴さんの腕が、ボクの背中に回って、体を引き寄せる。 「元々医者になるつもりではいたんだ。お母さんを助けたかったから・・・助けられなかったけど、代わりに誰かを助けられれば。そう思った。だから、むしろアイツの申し出は有難かった。それでも・・・『家族』は手に入らなかった・・・」 悠貴さんの声が震えている。色んな感情を全部、全部我慢している声。 ボクはキスをやめると、悠貴さんの頭をそっと、引き寄せた。 ボクの首筋に悠貴さんの額が当たる。 いつも悠貴さんがしてくれるように、そっと、優しく包み込むように抱きしめた。 ほんの少しでいい。 この人を守りたい。 この人を暖めたい。 この人を癒したい。 「オレはアイツが望む通り医者になった。でも跡は継がなかった。弁護士を雇って、愛人の子であることを盾にして、全ての財産を放棄した。アイツは怒ったが、アイツの正妻と娘は大喜びだったよ」 「悠貴さん・・・」 「アイツが死んでもオレには何も残らない。アイツの病院も、金も、地位も、何もかもいらない。オレが欲しかったのは・・・そんなものじゃない・・・」 悠貴さん・・・ねえ悠貴さん・・・。 お願いだから、ボクを見て。 ボクを感じて。 今、ここで貴方の傍にいるのは、貴方を抱きしめているのは、ボクなんです。 ねえ、ボクを見て。 ねえ、ボクを感じて。 お願いです・・・ボクを受け入れて。

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