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一人じゃ見られない景色 11
「ボクが・・・『家族』になります」
「薫・・・?」
悠貴さんが恐る恐る顔を上げる。
少し怯(おび)えたような、戸惑った色を湛(たた)えて、悠貴さんがボクを見つめる。
ボクも悠貴さんの瞳を真っ直ぐ見つめて、ゆっくりと微笑(わら)った。
「ダメですか?ボクが『家族』になっちゃ、ダメ?」
「いや・・・そんなこと・・・」
「ボクがいます。ボクは悠貴さんから離れないし、悠貴さんが一番大切だし。ずっと、ずっと・・・一緒にいさせて下さい」
「薫・・・」
まだ淋しそうな表情をする悠貴さんに、ボクはにっこりと笑った。
「それにね、お父さんもお母さんも悠貴さんのこと好きなんです。あんなに立派な息子ができるって、ずっと大喜びで・・・ボクも息子なのにね。しょっちゅう、家に連れて来いとか、早く結婚しろとか、今度食事に行こうとか、色々言ってくるんですよ」
ボクは悠貴さんの髪を撫ぜる。
いつもいつも、悠貴さんがしてくれるように、優しく。
包み込むように、優しく温かく、撫ぜる。
「魅華ちゃんももうすぐ結婚するみたいだから、合同結婚式しようかとか言い出すし。美影ちゃんはあんなだけど、本当は悠貴さんのこと認めてるんですよ。だから、だから・・・」
「薫?」
涙が溢(あふ)れてしまった。
泣いちゃダメなのに、悠貴さんの孤独感や苦しみに、胸が押し潰されて。泣きたいのは悠貴さんなのに、ボクが泣いちゃダメなのに。
『家族』が、いないと。その言葉が淋しくて。
ボクがいることを、忘れないで。
止めなきゃと思えば思うほど、涙は溢れ続ける。
それでもボクは笑顔を崩さずに、悠貴さんに笑い続けた。
それなのに、どうしようもなく、声が震えてしまう。
「ボクが、ボク達が『家族』じゃ嫌ですか?ダメですか?ボクは、悠貴さんの『家族』になりたいです・・・」
悠貴さんの長い指が、泣き笑いになってしまったボクの頬を伝う涙をそっと拭(ぬぐ)う。
テントの中は少し蒸し暑く、じっとりと汗が滲(にじ)んでくる。
ボクはもうそれ以上何も言えなかった。
何か言ったら、大声を上げて泣いてしまうから。
しばらくそうして、悠貴さんはボクの涙を、心を撫ぜてくれる。
そのボクの体を悠貴さんは強く引き寄せて、ボクを地面に押し倒すと、覆(おお)いかぶさるようにきつく、きつく抱きしめる。
「嫌じゃない・・・ダメじゃない。有難う、薫・・・有難う・・・」
「何で・・・お礼言うんですか?変ですよ」
首筋に悠貴さんの吐息がかかる。
少し荒く、熱い吐息。
熱い液体がボクの首に落ちて、下へと流れていく。
ボクは悠貴さんの背中に腕を回す。
大きく深い呼吸を繰り返す、悠貴さんの背中をそっとさする。
ああ・・・今日は本当に暑いな・・・。
「悠貴さん、また一緒にこうして旅行しましょう。近場でいいから、一緒に」
「ああ・・・」
「それとたまにでいいから、『家族』旅行もしましょう。きっとお父さんもお母さんも喜びます。お父さんなんか息子と晩酌するのが夢って言ってるし・・・」
「わかったから・・・」
悠貴さんが体を少し起こして、ボクの額にかかる髪を搔(か)き上げる。
何度も何度も、優しく、愛おしそうに。
ボクを見つめる悠貴さんの目の縁が少しだけ赤い。
絶対に涙なんて見せなかった悠貴さんが、ボクには見せてくれた。
弱い部分をボクには見せてくれた。
病院では完全無欠で、誰からも尊敬されて畏(おそ)れられている悠貴さんが、ボクにだけ。
嬉しかった。
本当に。
自然と涙は止まっていた。
ボクは今度こそ、本当に満面の笑顔を浮かべた。
悠貴さんに、愛されていると。
実感した。
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