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え、嫌ですけども⑧
「ほら、口開けて?」
僕を膝に乗せた蓮先輩に甲斐甲斐しくお弁当の中身を口元に運ばれて、僕は素直に口をパカりと開けてモグモグと口を動かす。
僕、自分で食べれるんだけどなぁ、なんて言う段階はとうの昔に過ぎ去ってしまったのです。
だって蓮先輩、みっくん先輩と一緒にお昼を食べた時のあーんのし合いっこが気に入ったみたいで、最近は問答無用でお昼ご飯もあーんしてもらってたから。
そりゃね、僕も最初は遠慮したんですよ、僕からしたら大好きな人にあーんしてもらうなんてご褒美でしかないけど!でも僕に食べさせてくれてる間、蓮先輩は食べられないんだよ?そんなの申し訳ないし蓮先輩の負担になっちゃう!それにちょっと恥ずかしいし・・・ってね。
でも蓮先輩、僕が1人で食べようとしたり断ろうとしたらもう・・・ものすっごく、ものすーっごく悲しそうな顔するの。
その顔を見ちゃった僕は一瞬で手のひらを返しましたよ。食べさせてくださいお願いしますっ!ってね。
もうね、世界一早い陸上選手も真っ青ってくらいの速さだったと思う。
だって蓮先輩に悲しい顔をさせちゃうなんてあり得ない!有罪 だよ!
僕に餌付け?して蓮先輩が満足ならもうそれでいいやって思考と羞恥心をさっさと捨て去ったのです。
ちなみに僕が手のひらを返した瞬間の蓮先輩の嬉しそうに破顔したお顔はきっと忘れられないだろうなって位にキラッキラでした。
うん、蓮先輩が嬉しそうで僕も嬉しい。
そんな風に毎回あーんをし合いっこしてたからいつの間にか僕の感覚もバグってきたのかもしれない。
今では蓮先輩に食べさせてもらうのも、僕がモグモグしている間に蓮先輩にあーんって食べさせてあげるのも当たり前みたいになってきちゃったんだ。
なので今日も今日とてモグモグしながら蓮先輩の口元にもせっせと食べ物を運ぶのです。
僕が蓮先輩から差し出されるものを素直に口を開けて含むと、蕩けてしまいそうな瞳をして笑ってくれる。
僕が蓮先輩にあーんってすると普通にお弁当を食べている時よりも嬉しそうに食べてくれる。
そんなの、もう断るなんて無理じゃないですかっ!幸せの大洪水なんだもんっ!なんて。
心の中で誰に言うともなく言い訳をしながら幸せと共にお弁当を噛み締める僕なのであった。
そんなこんなで今日も大変幸せなあーんの時間を過ごして。
「次はデザートなんだけど・・・。コレ、食べてくれるか?」
ちょっと緊張したような強張った声で、お弁当屋さんで入れてもらえるみたいな簡素な保冷バックを膝の上に座る僕に手渡してくれた蓮先輩。
いつもと違う様子の蓮先輩に思わず何が入ってるんだろう?ってコテリと首を傾げて見上げてしまう。
「えっと・・・開けてもいいですか?」
「あぁ」
やっぱりなんだか緊張しているみたいな蓮先輩がコクリと頷いてくれたので視線を保冷バックに移して中身を取り出すと、なんだかオシャレな瓶が入っていて。
「檸檬の蜂蜜漬け・・・ですか?」
窓から入ってくる日差しを浴びて、輪切りにしてある檸檬が艶々キラキラしてて綺麗だなぁ、なんてちょっとズレたことを思いながらそう聞いた。
「あぁ。結翔、身体動かしたりするの苦手だって言ってただろ?ただでさえクソ暑いのに運動するのに慣れてなかったら俺らなんかより疲れやすいんじゃないかって思って。何にするか迷ったんだけどさ、今日は甘いスイーツよりこっちの方がいいかと思ってネットで調べて作ってみたんだ。ちゃんとレシピ通りにしたから不味くはねぇと思うんだけど、普段料理なんて全くしねぇからさ・・・・・・」
いや、コレを料理っつっても良いのかは疑問だけど・・・、檸檬とか初めて買った・・・輪切りってむずいんだな・・・、つーかベタすぎたか・・・?とかブツブツと言い続けている蓮先輩をポカンと見上げてしまう。
蓮先輩が僕の為に色々考えてくれた上に、僕の為に普段やらない料理までしてくれた・・・・・・?
驚きで固まっていた思考がゆっくりと動き出すと共にジワジワと言い表せないような歓喜が身体中に駆け巡っていく。
「・・・結翔?もしかして檸檬嫌いだったか?無理して食わなくて良いんだからな?」
衝撃と歓喜が入り混じったまま固まっていた僕を心配そうに覗き込む蓮先輩。
まさか!嬉しすぎて僕明日死んじゃうのかなって思っちゃったくらいなのに!
なんて思いながらもぐるぐる駆け巡るどうしようもない幸せと喜びが言葉に出来なくて、僕は蓮先輩の腕の下に自分の腕を滑り込ませて思いっきりぎゅうって抱き着いた。
「蓮先輩っ!だいすき・・・っ!嬉しいよぉ」
思いあまって大好きとか言っちゃった気がするけど、敬語忘れちゃってた気がするけど、そんな事に思い至らないくらい感情が大爆発してしまった僕は、蓮先輩の胸元に気持ちをぶつけるみたいにグリグリと額を擦り付けた。
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