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第3話 ジェスのハンカチ

 ジェスがそれに気づいたのは図書館から帰宅してすぐのことだった。  ――ズボンのポケットに入れていたハンカチが無い。  大切な、あの“白いハンカチ”がどこにもないのだ。  左右両方のポケットに何度も手を突っ込んだり、かばんの中を探ってみたりしたが、やはり見当たらない。 「マジか……」  今日は図書館と自宅を往復するだけの一日だった。どこかで落としたなら、行き帰りの道中か図書館しかない。  外はもう暗くなってしまっているが、ジェスは道端に落としていないかだけでも確認しようと家を飛び出した。  図書館はもう閉館しているから探しにいくことはできない。けれど図書館に落としたなら安心だ。きっと司書のエミリオが見つけてくれているはず――そう心の中で祈りながら、図書館までの道のりをきょろきょろと探し始めた。  嫌な汗が額に滲む。もし見つからなかったら……と考えてしまうのも無理もない。  あのハンカチはジェスの宝物だ。宝物を日常的に使っているのではなく、お守りのように毎日持ち歩いている。自分の名前が丁寧に縫い付けられた、大切な白いハンカチ。なくしてしまうわけにはいかなかった。  ランプを片手に目を凝らし、どこかに落ちていないかとハンカチを探す。慌ててはいけない。そんな状態では見落としてしまうかもしれない。落ち着いて探せばきっと見つかる。あれだけは、失ってはいけないのだ。 「……ない」  だが、必死に探しているにもかかわらず、どこにも落ちていないなかった。花屋や民家の周りをうろうろしていると、「ジェスさん何してるの?」と女性に声をかけられた。よく酒場に来てくれる若い女性だ。彼女にハンカチのことを尋ねるが、「この辺りでは見かけなかったけど……」という答えしか返ってこなかった。  だからといって諦めるわけにはいかない。もしかしたら、すでに誰かに拾われている可能性だってある。 「絶対に見つけてやるからな」  ポツリと呟き、ジェスはランプをかざした。  必死の形相で地べたに目を凝らし歩いていると、気づけば図書館にたどり着いていた。木造の建物ばかりの町で、一際目を引く真っ赤なレンガ造りの建物。ジェスが日々料理の勉強のために通い詰めている図書館が、そこに佇んでいる。 「嘘だろ……?」  ため息をついて天を見上げると、満月がぽかんと浮かんでいた。  ジェスは帰り道も目を皿にして白いハンカチを探して帰った。それでもジェスの名前が入った白いハンカチは一向に見つからない。  道に落としていないということはきっと図書館で落としたのだろう。きっと、きっとそうに違いない。ジェスは自分に言い聞かせて、胸をおさえる。焦燥感で心臓が早鐘を打っているのをその手に感じた。  明日は朝一番に図書館へ行こう。エミリオなら力を貸してくれるはず。  ――あのハンカチまで失ってしまうわけにはいかなかった。 「くそっ……」  ざらついた心のまま歩いていると、自宅が見えてきた。  結局その日はハンカチを見つけることができず、ジェスは心にもやがかかったままベッドに潜り込んだ。

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