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第4話 白いハンカチとエミリオ
白いハンカチに赤い糸で縫い付けられた“Jess”という文字。
エミリオは時間を忘れてその文字を見つめていた。
(贈り物、かな……)
あのジェスが自分で刺繍をするなんて考えにくい。誰かが真っ白なハンカチにジェスの名前を縫い付けて渡したと考えるのが自然だろう。では、ハンカチを渡した人物とジェスはどんな関係だったのか。思い浮かんだ答えはただひとつ。
刺繍を入れたのは、このハンカチをジェスに贈ったのは、彼の“恋人”なのではないか。
――そう思った瞬間、なぜだか胸が痛くなった。
頭にもやがかかったような感覚に襲われて、思い切り首を横に振る。エミリオは立ち上がってもう一度ハンカチを見つめた。
「と、とにかくジェスさんに返さないと!」
時間はあるだろうかと時計に目をやると、ほぼ同時に始業の鐘が鳴った。まだ掃除も終わらせていないのに……と慌ててほうきをロッカーに片付け、仕事を始める準備をする。きちんと整頓された受付に座り、持っていたハンカチをデスクの上に置いた。
今日の分の日誌をつけようと、ノートを開いてペンを持つ。けれども、ハンカチが視界に入って落ち着かなかった。早くジェスに渡しに行かなければと思うが、自分一人しか職員がいない図書館を離れるわけにはいかない。
「ジェスさんが気づいていたら取りに来てくれるかもしれないし……取りに来なかったら、昼休憩にジェスさんの家へ行ってみよう」
自分を納得させるように言うと、エミリオは今日のスケジュールを確認した。今日は先日王都に出向いて購入してきた本が届く日だ。小説がほとんどだが、料理本も数冊含まれている。
エミリオが毎月仕入れてくる本を、ジェスは嬉しそうに読んでくれる。
人付き合いがあまり得意ではないエミリオに気軽に声をかけてくれるジェス。彼がこの町に来て三年がたつというのに、いまだに慣れることができない自分が情けない。
「あ……本が届く前に、書棚の整頓しないと……」
日誌を閉じて椅子から立ち上がると、ほとんど同時に勢いよく入口のドアが開かれた。
「エミリオ!! いるか!!」
「えっ、は、はいッ!?」
大声を張り上げて飛び込んできたのはジェスだった。エミリオは突然響き渡った大きな声に驚き、背筋がぴんと伸びた。反射的に返事をしたが、声がひっくり返ってしまってどうしようもなく格好がつかない。そろそろとドアのほうに視線を向けると、いつもとは少し様子の違うジェスと目があった。
ずかずかと大股でジェスが近づいてくる。カウンター越しに肩を掴まれて、さっきと変わらない勢いのまま問いかけられた。
「なあ、ハンカチ見なかったか!? 白いハンカチだ、俺の名前が入ってて……」
図書館に飛び込んできた様子で落としたハンカチを探しにきたのだということは理解できたが、ジェスの勢いが激しすぎて言葉を挟むことができなかった。
「なあ、頼む!! 大事なものなんだ!!」
「ジェスさん、落ち着いてください……! 大丈夫ですから、落ち着いて……」
肩を揺さぶってくるジェスの力に翻弄されながら、ようやく言えたのはそれだけだった。
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