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第6話 エミリオの“過去”

 図書館の絵本コーナーで母親と小さな女の子が本を眺めていた。  可愛らしい猫がたくさん出てくる人気の絵本、『10ぴきのおともだち』を持ち、女の子は「ママ、これよんで」と催促している。「前にも読んだでしょう?」と母親は笑っているが、女の子はどうしても猫たちの物語を読んでほしいようだ。スカートの裾を引っ張って、女の子は一生懸命「よんで!」とお願いしている。  そんな親子の様子を見て、エミリオは微笑ましく思っていた。  エミリオには両親の記憶がない。  教会で育てられたエミリオは、両親は夜盗に襲われて命を落としたのだと聞かされていた。  馬車で王都へと繋がる街道を走っていた時に夜盗に襲われ、両親は殺された。そして悪辣な彼らは金目のものを奪い尽くすと、おくるみに包まれて泣きわめく、小さなエミリオにまで手をかけようとした。  だが、その時泣き声を聞いて駆けつけた町の猟師たちに追われ、夜盗たちは森の中へと逃げていった。  エミリオという名前は教会の神父がつけた名だ。本当の名前は誰にも分からない。まだ生まれたばかりの赤ちゃんだったエミリオは、名前が分かるものを一切身につけていなかった。そのため、神父がエミリオを引き取った時、この子が元気に育ち、幸せになるようにと祈りを込めて新しい名を授けたのだ。  教会で大切に育てられたエミリオは、とても優しく聡明な子どもになった。  同じように孤児として育てられている子どもたちに絵本を読み聞かせてやったり、喧嘩をする子どもたちを仲直りさせたり、とても面倒見のいい少年に成長していた。  ただ、少し人見知りで人付き合いが上手ではなかったエミリオは、一人で読書をしている時間が一番落ち着くことができた。図書館に通っていろんな物語に没頭したり、この国の歴史を学ぶのが毎日の楽しみだ。そうして足繁く図書館に通っていたおかげで、今、司書として働くことができている。  大好きな本に囲まれて穏やかな日々を過ごす人生に、エミリオは幸せを感じていた。 「やあ、エミリオ。元気かい」  書棚の整理をしていたエミリオの元に、運送屋のジェイクがやってきた。抱えた箱をカウンターのそばに降ろすと、駆け寄ってきたエミリオに笑顔を向ける。 「いつもありがとうございます」 「今回もまたたくさん仕入れたな。棚に入りきるのかい?」 「それがなかなか……空きができなくて苦戦しています」  眉をハの字にしてエミリオは言った。ジェイクが差し出した伝票に受け取りのサインをして置かれた箱に視線をやる。 「……古い本を一度書庫に移動させて、場所を作らないと」 「本の大移動か。大仕事だな。そんな細っこい体で大丈夫か?」  ジェイクは豪快に笑いながら伝票を受け取った。筋骨隆々のジェイクと正反対の体格をしているエミリオは、「少し骨が折れますね」と苦笑した。  去り際に「飯はちゃんと食えよ!」と肩を叩かれて、胸の内で「ちゃんと食べてるんだけどなぁ……」と思いながらジェイクを見送った。

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