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第7話 本当の気持ち
12時を知らせる鐘が鳴り、エミリオは一度館内を見回った。そう広くはない館内をぐるりと一周し、誰もいないことを確認してから出入り口の札を“close”に変える。いつもなら鍵をかけるところだが、今朝の一件でジェスが様子を見にくると言っていたので今日は施錠せずにドアを閉めるだけにした。
今から1時間は昼休憩だ。スタッフルームに入り、サンドイッチが入った紙袋をかばんから取り出した。それをテーブルに置き、紅茶が入った水筒を取り出して、エミリオは時計を見上げる。
(ジェスさん、様子を見に来るって言ってたけど……いつ来るのかな)
今朝ジェスと会ったときとは違って、今は顔の熱も引いて落ち着いている。だからもう心配させることはない。きちんと仕事をしている姿を見せたらジェスも納得してくれるだろう。
そんなことを考えながら、コップに紅茶を注ぎ、こくん、と一口飲んで小さく息をついた。
(変なの……これじゃまるで来てくれるのを期待してるみたい。いつ来るかわからないし、そもそも本当に来てくれるかどうかもわからないのに……)
ジェスが約束を破るような人間には思えないが、来てくれることに期待しすぎている自分がいることに気づき、胸を押さえる。
自分のような人見知りで人付き合いが不得手な人間と一緒にいても、きっとジェスを退屈させてしまうだろう。そう思うと、じわりじわりと不安が襲ってくる。
(ジェスさんは優しいから……だから、僕なんかを気にかけてくれてるんだ)
こういう時に後ろ向きなことを考えてしまうのはエミリオの悪い癖だ。特にジェスの事となると歯止めが効かない。頭の中が彼のことでいっぱいになり、どうしようもないほど苦しくて、切なくなる。
(いけない、しっかりしないと……)
他のことを考えよう。そうやって意識すればするほどジェスのことを考えてしまって、ため息が出る。
このぐちゃぐちゃに乱れた感情の正体を、エミリオは知っていた。気づかないふりをしていたかったのに、ずっと目を背けていたかったのに、知ってしまった。
(……こんなの、駄目だよ)
胸が苦しい。だけど、この感情は否定しないといけない。受け入れて、認めてしまってはいけない。エミリオは力無く椅子に座り、俯いた。
(だって……ジェスさんにはハンカチを贈ってくれるような人がいる。僕がこんな想いを抱えてちゃ駄目なんだ……)
ジェスにこんな気持ちを向けてはいけない――あの人に、“恋”をしてはいけない。
エミリオはこの気持ちに気づいた時から、自分の心を押し殺して生きていくしかないと思っていた。追い打ちをかけたのは、あの刺繍入りのハンカチの存在。ジェスがあんなに取り乱して探すほど、彼にとって特別なもの。
「……苦しいなぁ……」
芽生えた恋心をきれいに忘れさせてくれる薬でもあればいいのに。現実にはあり得ないことを何度想像しただろう。ぽたりと落ちたひとしずくの涙がズボンに染みこんでいく。
止まれ、と願っても涙は勝手に溢れてきた。
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