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第8話 お昼のひととき

 泣いていたって仕方ない。エミリオは涙を袖で拭ってどうにか気持ちを落ち着かせようと、また紅茶に口をつけた。  ジェスへの想いは胸の内にひっそりと隠してしまおう。そもそも、男である自分が同性のジェスへこんな気持ちを抱くこと自体が間違っているんだ、と言い聞かせた。 (ジェスさんには、迷惑かけたくない……)  もしこの気持ちが誰かに知られたら、小さな町ではすぐに広まってしまう。万が一そんなことになれば、仲良くしている町の人々から白い目で見られるかもしれない。  エミリオの想いは、口に出すことのできない禁忌なのだ。 「考えるの……やめよう」  これ以上は悩んでいたって仕方がない。すぐに吹っ切れる性分ではないが、無理矢理にでも違うことを考えなければ心がすり減ってしまうだろう。  思い悩みすぎて食欲は少し失せてしまったが、午後からも書棚の片付けや返却された本を元の棚に戻したりと、細々した仕事が残っている。しっかり終わらせるためにも、食事はとっておかないと。  エミリオは紙袋の中からサンドイッチを取り出して、「いただきます」と呟いた。  一口かじればハムとチーズとたまごの味が口いっぱいに広がって、失っていたはずの食欲が蘇ってくる。二口、三口と食べれば徐々に気持ちも穏やかになってきた。空腹の時に考え事をしてもろくなことにならないな、と思ったその時、不意に食事をしているエミリオの背後で、ドアがノックされた。 「エミリオー? 体調どうだー?」 「んぐ……!」  口の中のものを飲み込もうとしたとき、ジェスの声がドア越しに聞こえてきた。こんなタイミングでジェスが来るなんて……と狼狽えていると、もう一度「エミリオ、いないのか?」という声がして、エミリオは慌ててドアを開けた。 「こ、こんにちは……」 「おう。表から声かけたけど反応なかったから、勝手に入っちまった。飯食ってたのか」  テーブルの上のサンドイッチを見てジェスが言う。ジェスはエミリオが勧めるより先に向かいの椅子に腰掛けた。  ジェスはいつもおろしている黒髪を後ろでひとつにまとめていて、普段と少し雰囲気が違った。普段の髪を下ろした姿が色気のあるジェスだとすれば、髪をくくったジェスは爽やかな感じがした。エミリオからすれば、どちらも様になっていて、魅力的であることに変わりはない。 「そのサンドイッチ、美味いよなぁ。俺もたまに食う」 「そうなんです、僕も大好きで……ほとんど毎朝買ってきてます」  少しだけ、緊張のせいで引きつった笑顔になってしまったが、エミリオは今できる限りの元気な振る舞いをしてみせた。 「……体調は本当に悪くないみたいだな。よしよし」 「なんだか、心配をおかけしちゃってすみません……」 「何謝ってんだよ。大丈夫そうで何よりだ」  小さなテーブルに向かい合って座る形になって、エミリオはまた顔が赤くなってしまわないか、それだけが心配だった。 「ジェスさん、お昼は食べたんですか?」 「いや? まだだけど……ああ、俺のことは気にすんな。家で適当に作って食うからよ」  エミリオが一人でサンドイッチを食べるのを遠慮しているのだと気づき、ジェスは笑って答えた。「ほら、食え食え」と促されて、エミリオはサンドイッチを口に運ぶ。   それをじっと見られていて、恥ずかしくなってしまった。  もぐもぐと咀嚼している間にもジェスの視線がこちらに注がれている。 (あんまり見ないでほしいなぁ……)  食事しているところを見られてこんなに居心地が悪くなるなんて初めてのことだ。急いでばくばく食べるわけにもいかず、互いに無言の時が過ぎていく。そして、ごくんと飲み込んだ瞬間、ジェスはテーブルに身を乗り出して興味深そうな顔でこう言った。 「お前、リスみたいな食い方するんだなぁ」  リス。そう言われて一気に顔が真っ赤になる。 (リス? リスって、小動物のリス……?)  確かに言われてみれば両手でサンドイッチを持ってもぐもぐ食べている姿はリスに見えないこともないが……。  これは、好意的な意味で受けとってもいいのだろうか。 「み、見ないでくださいよぉ……!」 「ははは、悪い悪い。なんか可愛い食い方してっから、つい」  椅子にのけぞってジェスが笑っている。エミリオは正面を向いて食べることができなくなり、身体ごとよそを向いて残りのサンドイッチを急いで食べ切った。

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