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第14話 “知りたい”
読み聞かせをしている姿をジェスに見られたのは予想外だった。
その上、『癒された』とか『今度何か読んでもらおうか』なんて言われてしまって、ジェスから離れた後もずっと顔が熱くて困っていた。
まだ教会で暮らしていた頃、自分より幼い孤児たちにたくさん絵本を読んできたから、読み聞かせの経験は人よりも多い方だろう。自信があるわけではないけれど経験があってよかった。それに、失敗して恥ずかしいところを見られなかったことに安堵していた。
ジェスがあんなに褒めてくれるなんて思いもよらなかったが、それは率直に嬉しくてたまらない。
「……ふう」
しかし人に褒められるのはどうも苦手だ。エミリオは幼い頃からそうだった。褒められて嬉しい気持ちももちろんあるけれど、今後その人からの期待を裏切ってはいけないという感情が生まれて、どんどん息苦しくなる。
『いいお兄ちゃんじゃねえか』
そう言ってくれたジェスの優しい表情を思い出して、昨日の夜に彼を想って淫らなことをしてしまった自分が本当に嫌になった。
新しく入ってきた本が並ぶ棚の前にジェスが立っている。
広い背中は男性らしくて、きっと、“頼り甲斐がある男”とはこういう人のことをいうのだろうなと、心臓がドキドキしてしまう。
「だめだ、ちゃんと仕事しないと……」
エミリオは王都から届いた新しい本を出すために、古い本を棚から抜いてきた。背表紙が傷んでいたり、ページが外れそうになっている本の補修をしなければいけない。返却された本を棚に戻す作業もまだ途中だ。
深呼吸して立ち上がると、エミリオはとりあえず返却作業中だった本を抱え、棚の方へと向かった。
***
ハンカチを見つけてくれた礼がしたい。そう言ってからもう数日が経つ。エミリオが仕入れてきた新しい料理本に目をやりながら、ジェスは一向に酒場に顔を出さないエミリオにやきもきしていた。
(酒が苦手でも葡萄ジュースとかあんのにな……無理には飲ませねえし、何より飯食ってもらいたいだけなんだが……まあ、あのエミリオが好き好んでくるような場所じゃないか)
細い腕に何冊も本を抱え、返却された本を棚に戻すエミリオをちらりと見やる。
大人しく、少し気の小さいエミリオのことだ、自分には酒場の空気は合わないと思っているのだろう。確かに酒場は図書館のように静かで上品な場所ではない。女も男も入り混じって酔っ払いが毎晩騒いでいるし、時には喧嘩だって起きる。喧嘩の仲裁に入るのも店主の務めなので、エミリオには聞かせたことも無いようなドスのきいた声を張り上げることもある。
(……怖がられて当然だな)
だが、それなら――と、ジェスは以前から考えていることがあった。
酒場を閉めている昼の時間帯に、店に来るよう誘うのはどうだろうか。
開店前だから当然夜より静かだし、安心して食事をしてもらえるだろう。何よりエミリオとふたりきりで話ができる。
つい先日、『体調が悪そうだ』と言って無理矢理会いに来る口実を作った時のように、またエミリオと話がしたい。エミリオのことをもっと知りたい。
ジェスはまったく内容を読んでいない本のページをめくり、考え込んでいた。
誘うなら早いほうがいい。図書館の休館日は明日、木曜日だ。
ふたりきりになることを嫌がるかもしれない――とうっすら感じたが、ジェスはなぜか、断られる気はしなかった。
(ゆっくり飯でも食いながら、なんでもいいからエミリオのことが知りたい――よし、考えてても仕方ねえ)
ぱたんと開いていた本を閉じ、本を棚に戻しているエミリオに近づいていく。獲物を狙う肉食獣のような目は、静かな炎を宿していた。
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