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第17話 悩めるジェス

 ジェスは悩んでいた。  店で人気のメニューを厳選してエミリオに食べさせようと思ったが、そこで疑問がひとつ浮かんだのだ。 (……エミリオって、普段どれくらい飯食うんだ……?)  女性と見紛うくらい華奢なエミリオが、どれくらいの量の食事をとっているのかがわからない。酒場に来る客たちは量が多ければ多いほど喜ぶが、きっとエミリオはそうじゃないだろう。 (この前見た昼飯がサンドイッチだけだったのには驚いたが、食が細い方なのか? そうなると何種類も食わせらんねえし、量も調節して出してやらないとすぐ腹一杯になるよな……)  気を遣わせて無理に食べさせるのはいけない。エミリオのことだから黙って無理して食べかねないから、そこは気をつけなければならない。 「飲み物はキュリュスの花の茶を出すとして、あとはー……なんだ? くそ、好きなものとかちゃんと聞いときゃよかった!!」 「……なあジェス。さっきから何を一人で喋っているんだ……?」  頭の中が爆発しそうな時、カウンターに一人座って飲んでいた男がジェスに声をかけた。 「んあ? あー、すまねえ。明日大事なお客さんがうちに来るんでな。そのもてなしをどうすりゃいいか考えてただけだ……」 「大事な客ねえ。女でもできたか」 「ちげえよ!」 「冗談だ」  表情も変えずに喋るこの男は、名をウィズリーという。町の警備を任されている自警団の一員だ。元々は軍人で、王都で王宮守護の任についていたが、本人曰く「王都の騒がしさに嫌気がさした」とかでこの町へやってきた。ジェスとウィズリーは王都からやってきた者同士、理解し合えることが多く、いつの間にか何でも話せる気心の知れた仲になっていた。 「お前、冗談言う時も真顔だからわかんねえんだよ」 「いつものことだろ。で、お前が悩んでるのは、そのお客に提供する料理をどうしたらいいかわからないってことか?」 「あー……考えれば考えるほどわけがわからなくなる」 「あれは食わすなよ」 「あれって?」 「カエル」  ウィズリーが言っているのは、食用ガエルの唐揚げのことだ。結構店では人気のメニューなのだが、「ダメなのか?」とジェスが首を傾げる。 「味は悪くないが見た目がグロテスクだ。大事な客に引かれたいのか」 「……引かれたくない」 「ならやめるんだな」  うーん、と唸りながらジェスは必死に考える。エールで酔っ払った男たちがわいわいと騒ぐ声も届かないほど、集中していた。 「嫌いなものは特にないらしいけどよ、食事の量がめちゃくちゃ少ねえんだ」 「……やっぱり女じゃないか」 「だからちげえって。男だ。男だけど……なんつーか、ふわふわしてて、気が弱くって、この店に平気で来るような雰囲気じゃないんだよ。おとなしくて頭が良くて……」 「ここに来る奴らはガサツで頭が悪いみたいに言うな」  エールをもう一杯、とウィズリーが言う。ジョッキに琥珀色の液体を注いで渡すと、勢いよく飲んでジェスに向き直った。 「図書館のエミリオか?」 「……あ?」 「この町でそんな雰囲気の男はアレしかいないだろ」 「…………」  なぜバレた。ジェスは表情には出さないが、心底驚いていた。だが、確かにこの町の男で、気弱でおとなしくて頭がいいといえば真っ先にエミリオが思いつくのかも知れない。 「……アレ呼ばわりはやめろ」 「当たりか。お前そういう趣味だったのか?」 「は? 何の話だよ」  滅多に笑わない男が「いや、別に」と言いながら笑いを堪えている。ジェスは「この酔っ払いめ」と悪態をついてウィズリーを軽く睨んだ。  結局、明日のメニューは当日考えることにした。一応、ウィズリーが言っていたカエルは出さないことにして、あとはもう感覚で作るしかない。 (とりあえず、シチューの仕込みはしておくか……)  酔っ払いたちの笑い声が絶えない店の片隅で、ジェスは小さなため息をついた。

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