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第20話 ジェスの酒場-2
「ほい。お前、紅茶好きなんだろ? だったらこういうハーブティーも好きかと思って淹れてみた」
ジェスが出してくれた茶は、高級なキュリュスの花の茶だった。鮮やかな赤色の茶は甘い匂いがふわりと香って、飲むとミントのような爽やかさに包まれる。
オルデルの町から遠く離れた村の名産品で、たまにやってくる行商人から買うしか入手する方法はない。
「わあ……美味しいです。いい香り……」
「気に入ってもらえてよかった。こんな上品な茶は酒場に来る奴らにはもったいねえって思ってたんだ」
けらけらとジェスは笑う。燻製の肉や、採れたての野菜サラダがテーブルの上に並んでいて、エミリオはだんだんお腹がふくれてきた。
それを察したジェスが「無理はすんなよ」と声をかけてくれたが、美味しくてまだ食べたいというのが正直なところだった。
「無理してないです、美味しいです!」
「はは、そんな詰め込まなくてもいいだろ。ゆっくり食えよ」
穏やかな時間が流れていく。こんなに幸せでいいのだろうかと思ってしまうくらい、エミリオは浮かれてしまっていた。ひっかかりはまだあるけれど、それを塗り替えてしまうくらい幸せだった。
ジェスは料理を出して、それを食べるエミリオを見つめて笑うだけだが、エミリオは誰かと一緒に食事をするなんて一年の内数回しかないので、この優しい雰囲気が心に沁みわたった。
「ジェスさん。今日はお店に呼んでくださって、本当にありがとうございます!」
「あぁ……。あっ? い、いや、こっちこそありがとな」
「ジェスさん? どうかしたんですか?」
ジェスは少しぼんやりしていたようだ。視線はこちらに向いていたが、真顔で何か別のことを考えていたらしいく、焦って笑顔を作った瞬間にエミリオは気づいてしまった。
「なんでもない! 本当になんでもねえから……」
「もしかして、疲れちゃいましたか……? すみません、お仕事の前に時間をとらせてしまって……!!」
「疲れるどころか、元気もらったくらいだ!! うまそうに食ってくれるエミリオの顔見てたら――」
そこでジェスが言葉を止める。何か深く考え込んで、うーんと唸っている。何を考え込んでいるんだろうかと表情を窺いみても、エミリオにはよくわからなかった。
するといきなりジェスはエミリオの真正面の席から移動し、隣に椅子を置いてそこに座った。同時に勢いよく肩を抱かれて視界が揺らぐ。
こんなに密着されて、エミリオが冷静でいられるわけがなかった。
「なぁ、エミリオ。こっから先は酔っ払いの戯言だと思って聞いて欲しいんだけどよ」
「え? ジェスさんお酒飲んでないですよね……?」
「飲んでねえけどそういうつもりで聞いてくれってこと。……いいか?」
「ええっ!? え、えっと、わかりました」
言っていることはめちゃくちゃだが、ジェスは真面目な顔をしている。厨房を出たり入ったりしていたせいか調理中のいい匂いが漂ってきて、エミリオはどんどん顔が赤くなってしまう。
そんなエミリオに追い打ちをかけるようなことをジェスが切り出した。
「…………キスしてもいいか?」
混乱を通り過ぎて、頭の中が真っ白になった。
自分が何を言われているのかわからない。
エミリオは至近距離のジェスを見つめて、硬直した。
「……え? い、今なんて……?」
「いや、わかる。その反応はよくわかるんだが、俺は至って真面目だ」
眼差しからも、冗談などではなく真剣に言っているということは伝わってくる。けれど、エミリオはあまりの衝撃に現実逃避してしまっていた。
(わあ……ジェスさんの瞳って、真っ直ぐできれいだなぁ……)
「おい、エミリオ? 聞いてるか?」
聞いているが、冷静でいられない。急にキスしていいかなんて尋ねられて、平静でいられる者がどこにいるというのか。ジェスのような端正な顔立ちの男に肩を抱かれて、身も心も溶けてしまいそうだった。
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