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第21話 キスの意味

「ジェスさん……っ、なんでそんな、いきなり……」 「えーと、これはだな。なんつうか、確認というか実験というか……って言うと言葉が悪いけど……あー……」 「じ、実験……?」  鼓動が伝わってしまうのではないかと思うくらいくっついているのがどうにも落ち着かなくて、エミリオは身をよじって肩を抱くジェスから離れようとした。  ――流されちゃいけない。  本能がそう囁いてくる。なのに、ジェスはぐっと手に力を込めてエミリオを離すまいとした。  なぜ急にキスをしようと思ったのか、エミリオにはその理由がまったくわからなかった。それがわからなければ提案をのむことは出来ない。いや、そもそも自分の想いが見透かされてしまいそうだからキスなんてとんでもない、と思っているのだが。 「急にごめんな。でも本気なんだよ。……お前とキスしたら、わかりそうなんだ。ここのもやもやしたモンが一体なんなのか」  ジェスはとんとんと自分の胸を指して、苦しそうに眉をしかめながら言った。  そんな顔、見たくない。ジェスにはいつも笑顔でいてほしい。そんな感情が溢れてきて、抱き寄せられるままに身を預けてしまった。 「もやもや……ですか?」 「うまく言葉になんねえんだよ! 悪かったな!!」 「ごめんなさいっ……! あのっ、ええと……!」  びくりと肩を震わせるエミリオの頬にジェスの大きな手が触れる。その手に導かれるようにしてふたりは見つめ合った。 「すまん……でかい声出して悪かったな」 「っ……ジェスさん……えっと、僕は」 「嫌だったら拒否してくれ。……頼むから」  拒めるわけがない。エミリオはジェスのことを想い続けてきた。はじめはほのかな淡い恋心だったものが、少しずつ色づいていって今がある。  だけど――この恋心は隠して生きていこうと思っていたのに、その決意をジェスが壊そうとする。 (だめだよ、キスなんかしたら……きっと戻れなくなる)  ぎゅっと目を瞑り、どうしたらいいかとにかく考えたけれど、何も思いつかない。心のどこかでこのままキスをしてしまいたいという気持ちがあって、それを拭い去れないでいる。 「エミリオ……後でいくらでも謝るから、な」  いけない、こんなのはいけない。それでもはっきりと拒めなくて。  ジェスの唇が近づいてきて、エミリオの唇と重なった。 「んっ……!!」  あたたかくて、柔らかい。キスなんて初めての経験だったから、目を開けていていいのか閉じた方がいいのかさえわからなくて、エミリオは目をパチパチと瞬かせた。息遣いもうまく出来なくて、苦しい。  でも、それ以上に心が満たされていく。  ずっとこうしたかった。けれどエミリオは溢れそうな感情に無理やり蓋をしていた。見つからないように、気づかれないように。そんなふうにしていたはずなのに、たった一度のキスですべてが崩壊していく。 「ふ、ぁ……あっ……」  少し角度を変えて、ジェスは啄むようにキスを繰り返した。  ただ唇が触れているだけなのに、身体が異常に熱い。目頭までじわりと熱くなり、エミリオは気づけば涙をこぼしていた。  好きな人とキスをしている。それだけで幸せで、自然と流れた涙だった。  その涙に気づいたジェスは親指の腹でそれを拭ってやり、一筋の涙の跡に唇を落とした。 「……怖かったか?」 「そ……じゃなくて……」  ゆっくりと顔を離すと、なんとも言い難い沈黙がふたりを包んだ。  時が流れるのがひどくゆっくりに感じられた。このまま、このままずっとふたりきりでいられたら、なんていう幻想にとり憑かれ、思わずジェスに縋ってしまいそうになる。 「うれ、しくて」  想いが溢れ出す。言っちゃだめだと思っていた言葉が、堰を切って次々に溢れてくる。 「ジェスさんと、キスできる、なんて……」  こんなことを言ったら想いが伝わってしまう。止めないといけないのに、心がいうことを聞いてくれなかった。  涙は止まることを知らない。声が震えて、ちゃんと話せているかもわからなかった。 「僕……っ、僕は……」 「確認したいんだが、俺のことが嫌で泣いてるわけじゃないんだよな?」 「そんなこと、絶対にないですっ……!」  そうかそうかとジェスは口元に手をやって、何か考え込んでしまった。  ジェスはこのキスを実験のようなものだと言っていたが、これで何がわかったのだろうか。 「やべえな……こいつは参った」 「えっ?」 「……エミリオのこと、今すぐ抱きしめたい」  それが一体どういう意味なのか、エミリオは止まらない涙を袖で拭いながら考えた。  考えて、ひとつの答えが浮かんできて、それを否定する材料が見つからなくて――もしかして自分に都合のいいように考えているだけなのでは、と自分自身を疑った。  もう一度、今度は手首を掴まれて少し強引なキスをされ、浮かんだ答えは少しずつ確信に変わっていった。

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