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第22話 想い
静かな時がふたりを包んでいた。
唇を重ねて、真っ赤になって震えているエミリオと、エミリオをそんなふうにさせた張本人のジェス。隣り合わせで座っていて、無言の時を過ごしている。
視線がきょろきょろと落ち着かないエミリオは、意を決して口を開いた。
「えっと……ジェスさん……」
「……おう」
「“実験”の結果、何かわかりましたか?」
二人の視線が交わって、ジェスは焦ったように目を泳がせる。キスする理由に「実験」という言葉を使ったのはどういう意図があったのか、エミリオはただ知りたかった。
「悪ぃ、ほんと言葉が悪かったよな……謝る」
「そうじゃなくて……! 僕、知りたいんです、ジェスさんが今どんなことを思ってるのか」
「……俺がいま、何を考えてるか知りたいのか?」
ジェスは膝の上で小さく震えているエミリオの手に手を重ね、握った。
あたたかい感触にエミリオが驚き、顔を上げるとジェスの赤い顔が目に入った。ジェスのこんな表情は初めて見る。自分とキスをして、顔を赤くしているジェスがとても愛おしく思えて、思い切って自分の気持ちを伝えてしまおうと思った矢先、ジェスが口を開いた。
「実験の結果は成功! 俺の気持ちははっきりした! 俺はお前のことが好きだ! 以上!!」
「……えっ?」
勢いよく喋り出したかと思えば、早口にまくし立てられてびっくりしてしまった。
何を言われたのか、胸の内で反芻する。『お前のことが好きだ』とジェスは言った。はっきりと、そう聞こえた。
そして一度堰を切ってあふれ出した言葉は止まることなく、ジェスはなおも話し続ける。
「最初はな、もっと話したいとかエミリオのことをもっと知りたいとか、そんな可愛いもんだったんだよ」
「は……はぁ」
「だから、大丈夫だ、友達として仲良くなりてえだけだって思い込もうとしてたのに……ふたりきりになったらこれだよ!! 俺の飯食ってるお前の唇にしか目がいかねえの!! わかるかこの気持ち!?」
なんだか自棄になっているようにも思えたけれど、ジェスの純粋な気持ちが伝わってきた。
それなのに、エミリオは言葉を返すことができなくなっていた。
ジェスの気持ちは嬉しい。けれど、怖い。
これはエミリオにとって初めての恋だ。同性に『好き』という想いを抱いて、報われるなんて少しも思っていなかった。だから困惑した。
初恋がこんなに上手くいくはずがない。エミリオは心の中で無意識にそう思ってしまっていた。
「……ジェスさん」
名前を呼ぶだけで、おさまっていたはずの涙がまたじわりと滲み、視界が揺らぐ。エミリオは思い切って口を開いた。
「僕……言いましたよね、キスされて……嬉しいって……」
「言った。はっきり言って一生忘れる気がしない。マジで」
「……嬉しかったけど、今は正直、すごく怖いです……これって夢じゃないですよね……?」
エミリオが涙声で言うと、ジェスは深く頷いて「夢じゃない」と告げた。
「夢でも嘘でもねえよ。言ってくれ、お前の気持ち」
「僕は……僕はずっと、ジェスさんのこと……」
最後まで言いたかったのに言葉にならなくて、ぼろぼろとこぼれ落ちる涙に小さく呻いた。
「ったく、泣き顔まで可愛いってとんでもねえな……でも、このまま泣かせとくわけにはいかねえよ。泣くな、エミリオ」
ジェスは苦笑混じりでエミリオの頭を優しく撫でながら言う。
エミリオは、きちんと言葉にしなくてはと思って必死に話そうとするが、あふれてくる涙に邪魔されて、『好きです』というたった一言を口にすることができなかった。
「ちょっと待ってな、拭くもん持ってくるからよ」
ジェスが席を立つ。離れていってしまう――その瞬間、勝手に身体が動いていた。
エミリオは背中を見せたジェスのそばへ駆け寄って、後ろからその身体に抱きついた。
筋肉質なジェスの身体はたくましく、広い背中に額を当ててエミリオは口をひらく。
「……大好きです。ジェスさんのことが、ずっと前から……好きだったんです」
想いを伝えるだけなのに、なぜこんなに涙が溢れるのだろう。エミリオは火照った身体をぎゅっとジェスに密着させて、長く隠し続けてきた想いを打ち明けた。
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