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第26話 不安

 エミリオがこっそり笑っていると、ウィズリーがチラリとこちらを見て笑みを浮かべた。 「お前、恋人に笑われてるぞ」 「え? エミリオ? 何で笑ってんだ?」 「やっ、あの、僕はただ……二人が仲良しなんだなぁと思って……」  急にジェスから視線を注がれて、エミリオは素直な感想を告げた。  “仲良し”という言葉に首を傾げるジェスに微笑みを返すと、「エミリオが言うなら……」と何とか納得してくれた。  それにしても“恋人”という言葉にはドキドキする。同性同士で恋人になったと町の人に知られたらどうなるのだろう。正直言って、ウィズリーにこの話をすることさえエミリオは怖かった。  否定されたらどうしよう、気持ち悪いと言われたらどうしよう、という思いが強かったからだ。  町のはみ出し者として扱われるようになったら育ててくれたヴァルド神父にも顔向けできない。  けれど、ウィズリーはそんなことを一言も言わなかった。むしろこうなることがわかっていたような顔をしている。 (王都での暮らしが長い人って、こんな感じに受け止められるのかな)  ウィズリーとジェスの共通点は二人とも王都出身だということだ。  もしかしたら、小さな町で育ったエミリオとは違う視点で物事を見ているのかもしれない。 「不安そうだな、エミリオ」 「えっ?」  エミリオの表情から何か感じ取ったらしいウィズリーが声をかけてきた。  考え込んでいたところに話しかけられて、エミリオは驚いて顔を上げる。 「僕は……ええと……」 「言いたいことははっきり言えるようになった方がいい。君と、君に寄り添うジェスのためにもな」  足を組み直して、ウィズリーは微笑んだ。一瞬、“怖い”と感じていたはずなのに、向けられた笑みを見て恐怖や圧迫感はどこかへ飛んでいってしまった。  ウィズリーになら話しても大丈夫、と言ったジェスの気持ちが、何だかわかったような気がする。 「エミリオが不安に思うのも無理ねえな……町のやつらに知られるのが怖いんだろ。男同士で『恋人です』なんて言ったら、どんな目で見られるかわかんねえからな」  大きな手でわしゃわしゃと頭を撫でられてエミリオは頷いた。ジェスの言う通りだ。ジェスとのことを町の人たちに知られて、二人まとめて白い目で見られるようになったらどうしよう、と不安に思っていた。町の人が優しく穏やかなのはよく知っている。けれど、どうしてもその不安を拭い去ることができなかった。  人は、異質なものを排除しようとする。それを実際、子どもの頃に何度も味わってきた。幼くして両親を亡くし、教会で育てられた『よそ者』は、いつも心のどこかに孤独を抱えて生きてきた。  だからこそ、同性同士で恋に落ちた二人が“異質”と見なされるのではないか。そうなることがとても怖かった。 「ウィズリーさんは、どう思いますか……?」 「どう、とは?」 「僕たちのことを、おかしいって思いますか? 町の人たちに知られたら、僕たちはどうなるんでしょう……?」  こめかみに手を当て、ウィズリーは真剣な表情を浮かべた。エミリオの問いにどう答えるべきか考えているようだ。その間、ジェスはエミリオの背中をさすって不安を和らげようとしてくれた。その手のあたたかさに、少しだけれど心が落ち着くのを感じた。 「そうだな。単純な話をするが、知られることが怖いのならば隠せばいい。町の人たちにわざわざ公表する必要はないだろう。それは悪いことではないからな。そして、君がいま最も大切にするべきなのは、君自身の気持ちだよ」 「僕の気持ち?」 「ジェスのことを本当に愛しているなら、その気持ちから逃げないこと。ジェス、お前もそうだぞ。お互いをちゃんと愛せ。そうすればどんなことでも乗り越えられるさ。最後になったが、俺はお前たちのことをおかしいなんて少しも思わないよ」 「ウィズリー……お前やっぱりいい奴だな!! 今度一杯サービスしてやる!!」 「忘れるなよ?」  ウィズリーの言葉を聞いて、エミリオはふっと心が軽くなった。  難しく考えすぎていたのかもしれない。不安なことをきちんと言葉にして伝えれば、それを支えてくれる人がいる。ジェスだけでなくウィズリーも味方だと思うと、とても強い心の支えになった。

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