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第28話 届かない声
「自信満々だな。そういう奴ほど足元を掬われるんだぞ」
ウィズリーは小さく笑いながら言った。ウィズリーがエミリオに対して恋愛感情を持っているとは思えなかった。しかし冗談でもエミリオを奪う、なんて発言をしたウィズリーが、ジェスの目には敵として映ってしまう。
「冗談もほどほどにしとけよ」
「冗談に聞こえるならそう思っていればいい。だが、俺はエミリオが泣くところを見たくないんでね」
「ウィズリー、お前……」
真剣な顔になって、ジェスはカウンターに身を乗り出す。しかし、ちょうどよく一人の客から声をかけられてエールのおかわりを注文されて、いつもの『気のいい酒場の主人』の顔に戻ることにした。
だが、ウィズリーの言葉が胸の中で何度も繰り返され、それにいちいち惑わされていつもの調子が出ない。
(くそ……ウィズリーのやつ、何考えてやがるんだよ……)
彼に話したのは失敗だっただろうか。エミリオとのことを周りに隠すなら、ウィズリーにも言うべきではなかったかもしれない。
「ジェス!! エール2杯追加な!!」
「あっ! あたし、ポテトサラダ食べたーい!」
次々に客からの注文が入ってきて、ジェスは作り笑顔を浮かべて「ちょっと待ってな!」と返事をした。
***
翌日、目が覚めたジェスは大きく伸びをしてカーテンを開けた。昨晩の仕事の疲れも残っていない、清々しい朝だ。
きらきらとした朝日を浴びて、一層気分が良くなる。いつもならもう少しゆっくり起きるのだが、今日はなぜだか早めに目が覚めてしまった。
(7時……エミリオも今頃起きてんのかな)
窓を開けながら、そんなことをぼんやりと考える。
図書館の開館時刻は9時だ。それより早く図書館へ行って、雑務をこなしてから開館するのだろう。
きちんと眠れただろうか。朝食はとっただろうか。そんな心配をしてしまう。過保護だな、と自嘲しながらジェスは寝巻きからいつもの黒シャツへ着替えた。伸ばしっぱなしの黒髪も、きちんと櫛を通して寝癖を直す。
鏡を見て、今日もいい男だな、なんてひとりでふざけてみるのもいつもと変わらない。
毎日のルーティンを楽しくこなしながら、ジェスはふと足を止めた。
「――おはよう、リリス」
ジェスが声をかけたのは、部屋の端にあるデスクの上のハンカチだった。そのハンカチにそっと手を重ねて、目を閉じる。
「お前はどう思うんだろうな、こんな俺を見て。……軽蔑するか? それとも、見守っててくれるか?」
返ってくるわけが無い返事を待ち、ジェスは息を吐き出した。
ハンカチの生地の柔らかさを確かめるように撫で、ぽつりとこぼす。
「……お前は優しいから、きっと笑ってくれるんだろうな」
ひとりきりの部屋に、ジェスの寂しげな言葉がふわりと浮かんで、消えていった。
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