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第30話 午後の逢瀬
休憩時間になり、エミリオはいつもと同じ手順で図書館を閉めてスタッフルームへ入る。
毎日変わらない景色の中で、変わらない業務を淡々と続けていることに、“飽きないのか?”という質問をする者もいた。
そういう質問にはいつも、“飽きることはない”と返す。確かに毎日同じことの繰り返しではあるけれど、図書館に来てくれる利用者は毎日違う。利用者が違えばこの場所へ来る理由も様々で、飽きることなんてこれから先もずっとありえない、と思っている。
今日の昼食はチキンが挟んであるサンドイッチだ。紅茶をカップに注ぎ、椅子に深く腰掛けて一息ついた。
窓からはあたたかい陽光が差し込んでいる。
ぼんやりと外を眺めていると、道の向こうからこちらへやってくる男の姿が見えた。
「……ジェスさん?」
黒い髪が風に揺れている。それをかき上げた時、ジェスと目が合った。
こちらに気づいたジェスがふっと微笑む。
その様子を見たエミリオは、それだけで嬉しくなって窓に駆け寄った。
「ジェスさん」
「よう、エミリオ。休憩中か」
「はい。今ちょうどお昼を食べようかと思ってたところです」
「それじゃあ休憩の間、一緒にいてもいいか?」
断る理由などなかった。「もちろん」と返事をすると、すぐに入口へ行き鍵を開けてジェスを招き入れる。
「ありがとな」
「嬉しいです、ジェスさんに会えて――」
ドアが閉まると同時に、エミリオは抱き寄せられて唇を奪われた。ドクン、と一気に心臓が高鳴る。
「んっ……ジェスさんっ、だめ、外から見えちゃいます……!」
「大丈夫だよ、これくらい」
レースカーテンのおかげではっきりとはわからないかもしれないが、それでも、明るい部屋で唐突にキスをされてエミリオは驚いてしまった。
だが、口づけが嬉しかったのは事実で、頭では「これ以上はいけない」と思っているのにその身をジェスの胸に預けてしまった。
「いい匂いがするな、お前は」
首筋に顔を埋めてくるジェスに言われ、恥ずかしさでいっぱいになる。このままでいたいという気持ちと羞恥心で心がぐちゃぐちゃになり、ぎゅっと目を瞑っているうちにジェスはゆっくり身体を離した。
「だめだ、我慢できなくなる」
ふー、と大きく息を吐き出してジェスが笑う。エミリオも笑って感情を誤魔化した。
「ちょうどお昼にしようと思ってたんです、ジェスさんは?」
「俺はもうちょい遅めに食うから、気にせず食えよ」
ジェスの手がさりげなく腰に触れている。それがスタッフルームに入るまで離れなかったので、エミリオはぎこちなく歩いていた。
この場所でふたりきりになるのはこれで二度目だ。あの時とは違って、ふたりは恋人同士という関係になった。こうして会いに来てくれるのはすごく嬉しいが、同時にジェスに触れたいという欲求が芽生えてきていけない。
外ではおとなしくしていないといけないのに、こんなことを思う自分がはしたなくて嫌になった。
「どうした? そんなに俺のこと見つめて」
「あの……ジェスさんが今日もかっこいいなあって、思って……」
「そんなこと言ったらまたキスするぞ?」
「だ、だめですっ!」
サンドイッチにかじりついてなんとか動揺を隠そうとしたけれど、真正面に座ったジェスにはバレバレだった。
テーブルに肘をついて頬杖をするジェスが「こういうの、いいな」とこぼし、今度はじっとエミリオを見つめ返す。
ジェスはエミリオがもぐもぐとサンドイッチを食べる姿を気に入っているようだ。
「あっ、そうだ」
そんな時、エミリオは思い出した。
「月末に王都に行こうと思います。リクエストがいろいろ入ってるので、本を探しに」
「そうか……気をつけて行ってこいよ」
「ジェスさんは王都のどの辺りに住んでたんですか? この町に来る前はずっと王都にいたんですよね」
ジェスのことが知りたくて尋ねてみたが、彼の表情はなぜか曇っていた。そういえば、ジェスが自分の昔の話をしているところをあまり見たことがない。もしかして、話したくないことなのだろうか。
「あの……ごめんなさい、急にこんなこと聞いて」
「いやっ! 悪い、俺の方こそ。……住んでたのは王都の西側だ。ほら、デカい塔があるだろ。虹色に塗ってある、ねじれた形の……」
「……はい、わかります!」
「あの塔の近くに家があったんだが、もう売り払っちまったから今頃誰か別の奴が住んでるんじゃねえかな」
また一瞬、ジェスの表情から笑みが消える。無理矢理言わせてしまった感じがして、エミリオは不安そうにジェスを見つめた。
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