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第31話 拒絶

 ジェスと恋人になれたのは素直に嬉しい。けれど、エミリオはジェスのことをあまり知らない。昔の話をしたがらないジェスにはきっと何か理由があるのだと感じていた。  ジェスが過去を隠したいと思っているならば、そこには触れない方がいいのだろうか。何も聞かず、何も知らず、ただそばで微笑んでいればいいのか。  エミリオは悩んだ。大好きな人のことをもっと知りたいけれど、そうされたくないジェスがいる。それが何より不安だった。 「それにしても大変だよな。いつも一人で王都へ行って、本を探してくるんだろ? 馬車で半日はかかるじゃねえか」 「……そんなに大変じゃないですよ! じっくり本を選びたいから泊まりで行きますし、ちょっとした息抜きになります」 「なるほど。まあ……無理してないならいいんだが」  ジェスの笑顔にやはり微かな影を感じる。そういう時、決まって王都の話をしていると言うことにエミリオは気づいていた。 (一緒に王都へ行きたい……なんて、言い出せないな)  淡く抱いた夢だったのだ。ジェスと共に王都へ行き、一緒に歩いて回る。ジェスは興味がないかもしれないけれど、美術館や大図書館、それにいろんな観光名所を一緒に回ってみたい。そういう、いわゆる“デート”がしてみたかった。  だが、それはジェスの様子を見る限り、叶いそうにもない。 「…………」  夢が叶わないとわかったら、エミリオは切なくなって黙り込んでしまった。ジェスにわがままを押し付けるなんてできない。この夢はこのまま押し殺すしかないのだ。 「どうした? 大丈夫か?」  無理をして微笑み返すことしかできない。勢いでサンドイッチを食べきって、話を切り替えようと考えた。王都のことはいったん忘れて、何か楽しい話をしなければ。 「――エミリオ。そんな顔しないでくれ」  少し俯いていた顔を上げると、ジェスの手が頬に触れた。あたたかい手に心が少し安らぐ。 「ジェスさん……?」 「俺のせいだな、お前にそんな不安そうな顔をさせてんのは」 「違いますっ! 本当に、大丈夫ですから……」 「言いたいことがあったら、聞かせてくれ」  ジェスが立ち上がってエミリオのそばに寄る。そしてしゃがみ込んで、膝の上にあったエミリオの両手を取り優しく握った。  あたたかいという感覚を通り越して、熱くなっているジェスの手に驚いてしまう。こうして手を繋いでいると自分の心が読まれてしまう気がして、エミリオはジェスの目を真っ直ぐ見ることができなかった。 「ジェスさん……」 「ん?」 「僕、は……その」 「ああ」  ジェスはエミリオが話を切り出すのを待っている。手を握りながら、エミリオの言葉を待ってくれている。その姿に促されて、エミリオはぽつりぽつりと話し始めた。 「……王都に、一緒に行きたいなって、思ってました……でも、ジェスさんは王都の話をするのが嫌みたいで、悲しいなって」 「王都に、俺と?」 「そういうのに憧れてて……でも、ごめんなさい、これはただの僕のわがままですから、気にしないでほしいです……」  しゅんとしたエミリオを見て、ジェスは困ったように頭をかいた。 「王都か……ごめんな、エミリオ」  繋いでいた手を離し、ゆっくり立ち上がったジェスはエミリオの頭をくしゃくしゃと撫でた。「ごめんな」という言葉に、エミリオは思わず顔を上げる。 「俺は行けない」   ジェスの言葉は思っていた通りの答えだった。

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