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第32話 海

 予想はしていたけれど、はっきりとジェスの口から共に王都へ行くことを拒否されたエミリオは、言葉を失っていた。  笑って誤魔化すことも、頷くこともできない。初めてジェスから“拒絶”されたことが、辛かった。 「本当に、ごめんな」  謝られるほどに苦しくなる。「なぜ?」と理由を聞くことができたならいいのに、うまく言葉にすることも叶わなかった。 「エミリオと一緒に行くことが嫌なんじゃない。……わかってほしい」  大人しく、「はい、わかりました」と言えればどれほどよかったか。  落胆するエミリオは、自分がどれだけジェスと共に王都へ行くことを望んでいたかをはっきり自覚した。  こんなのは些細なことだ。ジェスには王都へ行きたくない理由がある。ただそれだけのこと。  自分という存在を拒絶されたわけじゃない。 「……」  エミリオは何を言えばいいのかもわからなくなって、ただ小さく頷いた。 「一緒に行くなら海はどうだ? 思い切って休暇とって、一週間くらい羽を伸ばすんだ。きっと楽しいぞ!」  暗い顔をするエミリオに、ジェスが慌てて提案する。エミリオの笑顔を取り戻そうと焦っているのがわかって、エミリオはなんとか表情だけでも取り繕おうと、不器用に笑って見せた。  きっと、ジェスと一緒ならどこへ行っても楽しい。それだけは間違いない。エミリオは慌てるジェスに向かってようやく「いいですね、海」と言葉を発することができた。  それからは普段通りの自分を装えた。ジェスの冗談で笑って、たまに頬や髪に触れられてドキドキして、なんとか悲しげな表情を見せずに済んだ。  テーブルの上に地図を広げて、町から海までどれくらい距離があるのかを一緒に見て、思っていたほど遠くないことにふたりで驚いてみたりもした。 「本当に行けたらいいな……海」 「絶対行こうぜ。いつも真面目に仕事してんだ、一週間くらい休暇もらえるだろ?」 「この図書館は町長のものなので、ジェリオスさんに許可してもらえれば大丈夫だと思います。今までそんなお願いしたことがないから、了承してもらえるかわかりませんが……」  言いながら、エミリオは地図へ視線を落とす。もし本当に休暇がもらえて、ジェスと一緒に旅行ができたらきっと楽しい。ふたりで宿に泊まって美味しい食事をするのも、想像しただけで胸がときめいた。 「こんなにわくわくするなんて、初めてな気がします」 「俺もだ」  笑い合い、そっと顔を寄せてキスをする。この幸せな時間がいつまでも続くようにと、エミリオは胸の内で神に祈った。 「あ、そろそろ時間……」  懐中時計を見て、エミリオがつぶやく。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。惜しみながら地図を片付けて、業務に戻らなければ。 「それじゃ、午後も頑張れよ」  ジェスの言葉が嬉しくて、エミリオは微笑みながら「はい」と答える。  去っていく彼の背中を見送って、午後の業務へと気持ちを切り替えた。

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