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第33話 エミリオの悩み
――恋をしたのは、たぶん僕の方が先だ。
それだけは強く信じている。
初めて会った時からずっと、ジェスのことを想っている。
正直に言えば、最初は少しだけ怖い人なんじゃないかと思っていた。
体も大きくて、声も大きくて、自分とはまるで正反対のジェスが、ちょっとだけ怖かった。
そんなジェスのことを意識したのは、ジェスの歓迎パーティーの時。
勧められて断りきれずに飲んだエールにすっかり酔ってしまって、気分が悪くなっていた時。あの大きな手で背中をさすってくれて、「大丈夫か? 水持ってくるからちょっと待ってな」と声をかけてくれたことがきっかけだった。
野性味があって豪快な性格の中に、誰かを思う優しい心があるのだと肌で感じて、その時からエミリオはジェスのことを意識するようになってしまった。
誰かにこんな想いを抱くのは初めてだったから、ずいぶん戸惑ったものだ。
昔読んだ恋愛小説のように心が熱くときめいた。ジェスのことを想うと身体が疼いて、どうしようもなくなる。
誰かを好きになるということは、こんなにも切なくて、こんなにも苦しいことなのかと、実感する日々だった。
午後の時間、人もまばらな図書館でエミリオは本棚の整理をしながらため息をつく。ジェスに一緒に王都へ行くことを拒まれて、代わりに海へ行く約束をしたけれど、胸を覆い尽くしているのはジェスへの疑念だった。
どうして一緒に王都へ行ってくれないのだろう。
どうして、あんなふうに拒むのだろう。
不安は募るばかりだった。
(ジェスさんは、何か隠し事をしてる)
彼の様子を見てはっきりとそれを感じ、確信した。誰にだって言いたくないことのひとつやふたつ、あってもおかしくないのかもしれない。
けれど、恋人の隠し事を素直に受け止められるほど、今のエミリオに余裕はなかった。
「ああ、もう……」
恋人の気持ちを疑うなんて、本当はそんなんことしたくない。でも、はっきりと拒まれてしまったことが心に引っかかって、思い悩んでしまう。
恋が成就しても、そう簡単には幸せになれないらしい。
身を持ってそれを知ったエミリオは、ぼんやりとしながら少し高いところにある本に手を伸ばした。一冊だけ飛び出しているその本をきちんと戻そうとした。ただそれだけのことだったのに、一冊を引き抜いた瞬間、芋づる式に隣の本が頭の上に降ってきた。
「わぁあっ……!!」
思わず目をぎゅっとつむって、咄嗟に自分を守るように手をかざしたが、硬い本の表紙が頭に当たって痛みが走った。
まぬけすぎると思いつつ、痛む頭を手でさする。誰にも見られていないことを確認しようと辺りを見ると、隣の棚の影から「エミリオくん!? 大丈夫!?」とアイリーンが飛び出してきた。
「なんかおっきな音がしたけど、大丈夫?」
本の雨に降られたところはぎりぎり見られていなかったみたいで安心した。
「驚かせてしまってすみません。本が落ちてきちゃって……」
「あららー。ほんとだ、本が散らかってる」
「騒がしくしちゃってごめんなさい」
「ケガはない? 可愛い顔に傷なんかつけたらあたしが許さないよ?」
本を拾うエミリオの頭を撫でて、アイリーンは微笑んだ。
その微笑みがとても澄んでいるように見えて、エミリオはふっと心が軽くなるのを感じた。
そして、彼女の目を見てはっと気づく。
アイリーンは恋の詩や恋愛小説を主に執筆している若手の作家だ。この町で一番、“恋”というものに詳しい人物と言ってもいいだろう。
恋人の隠し事にどう向き合えばいいか、彼女ならわかるかもしれない。
「……アイリーンさん」
「んー?」
自分の話ではない。ただの仮定として話せば、ジェスとのことを勘ぐられることもないはず。エミリオは思い切ってアイリーンに切り出した。
「……実は、相談したいことが……」
「なになにー? 気になる。お姉さんがエミリオくんのお悩み、聞いてあげるよ」
楽しそうに笑うアイリーンは、床に落ちていた本を一冊拾い上げ、エミリオに手渡した。
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