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第34話 それぞれの気持ち

 ジェスはがやがやと賑やかな店の端で、注文されたエールを注ぎながら考えていた。  ――きっと傷つけた。エミリオのことを大切にすると心に決めたのに、傷つけてしまった。  自分が王都へ行くのを拒んだから、あんな悲しそうな顔をさせてしまったのだ。  そんなつもりはなかったと、今更言っても遅い。それはただの言い訳にしかならない。エミリオが本当に欲しい言葉はきっと別のものだ。 「何暗い顔してるんだ、ジェス」  いつものカウンターに座るウィズリーが話しかけてきた。 「……自警団の仕事はどうしたんだよ、夜の見回りとかねえのか、暇人」 「八つ当たりか?」 「ちげえよ」  ジョッキを両手に持ってウィズリーに背を向ける。大騒ぎしているテーブルへエールを運び、作り笑顔で明るく振る舞ってみせた。  ニセモノの笑顔でも、元気がないと思われるよりマシだ。この町の人間は優しい。だから、下手なことをして心配をかけるのは嫌だった。  それでも見抜いてくる奴がいるのが、心を見透かされているようでイライラしてしまった。 「何かあったのなら、話を聞くぞ」 「いらねーよ」 「エミリオと何かあったんだな。聞かなくても顔を見ればわかる」  洞察力が優れているというか、話に首を突っ込みたいだけのお節介なのか。ジェスはウィズリーを軽く睨んで、負けを認めるかのように肩を落とした。 「……あいつを傷つけた」 「は? 何やってんだ」 「王都に一緒に行きたいって言われた……それを、拒んだ」  ウィズリーにだけ聞こえるように言うと、深いため息が聞こえてきた。 「話さなかったのか、王都に行けない理由」 「……話したら絶対、エミリオは傷つく」 「話さなくても傷つけてるじゃないか」  ウィズリーの言葉は正しい。その正しさにジェスは太刀打ちできなかった。自分は臆病なのだと自覚し、情けなくて何も言えない。  自分の昔の話をエミリオに聞かせたらどんな反応が返ってくるのか、それが怖くて言い出せなかった。  ――本当に情けねえな……。  うなだれて無言のまま立ち尽くしていると、ウィズリーが言葉をかけた。 「お前の気持ちはわからなくはない。だが、俺は話すべきだったと思うぞ。過去は過去だ。逃げてばかりじゃ前に進めない」 「前に進めない、か……このままじゃいけないんだろうなぁ」 「わかってるならさっさとエミリオに話してこい。あんまり怖がるな。あいつはお前に惚れ込んでる。そう簡単にお前を捨てるようなことはしないよ」  微笑まれて、思わず目を逸らしてしまう。  ウィズリーの言葉で心が少しだけ穏やかになったなんて言いたくないが、感謝の気持ちを伝えるためにエールを一杯、奢ってやることにした。 *** 「すみません、アイリーンさん。こんな時間にうちに来ていただいて……」 「いいのいいの。あたしの活動時間って夜だから。逆に頭が働くんだ」  湯を沸かして紅茶を入れる準備をしながら、部屋の中をきょろきょろするアイリーンに声をかけた。 「エミリオくんの家って綺麗だねえ。花まで飾っちゃって、素敵」 「お花屋さんのリズさんに、花を飾ると元気になるって言われて……」 「あっはは、リズの押し売りに負けちゃったってこと?」 「いえ、本当に花を飾ると気持ちが明るくなるので、それからずっと部屋に花を飾るようになったんです」  ティーポットにお湯を注ぎ、少し時間を置く。エミリオの手元を見て、アイリーンは「エミリオくん、いい花嫁さんになるよ」と笑って言った。 「花嫁だなんて。僕はこれでも男性なので……」 「あは、ごめんごめん。じゃあー……いい旦那さんになるよ! こっちの方がいい?」  その瞬間、エミリオの表情がかすかに曇る。自分は“いい花嫁さん”にも“いい旦那さん”にもなれない。中途半端な人間なのだと思わされてしまう。  その表情の翳りに気づいたのか、アイリーンがテーブルに身を乗り出して口を開いた。 「で? このアイリーンさんに相談したいことって何?」 「あ……ええと、それは……」 「絶対誰にも言わない。あたしちゃんと約束するから。なんでも話してごらんよ」  紅茶を淹れたカップをソーサーに乗せて、角砂糖とミルクを用意する。それらをトレーに乗せてテーブルへと運んだ。 「ありがとー。いい香りだね」 「王都に行きつけの紅茶屋さんがあって、そこで買ってきたんです」 「ミルクもらうね。……で。改めて聞くけど、相談ってなあに?」  椅子に座ったエミリオは、どんなふうに話したらいいのか少し考えて、ゆっくりと話を始めた。

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