35 / 80
第35話 アイリーンの答え
もしも恋をした相手が何か隠し事をしていたら?
誰にも知られたくない何かがあったとしたら?
それを知りたいと思うのは、間違っているのだろうか。
何も聞かず、微笑んでいることが正しいことなのだろうか。
エミリオは霧の中にいるような感覚にとらわれ、必死に言葉を紡いだが、これが伝わっているかもわからない。
もちろん自分自身の話ではなく、例えばの話としてアイリーンに尋ねた。
恋愛小説家の彼女なら、きっと何かいい解決策を教えてくれるはずだ。
「恋人の隠し事ねえ……わかる。わかるよ、もやもやするシーンだよね。愛してくれてるなら、隠し事なんかせずに正直に言えー! って思っちゃうよね」
「あ、はは……なんだかすみません、変な相談しちゃって。僕のことでもないのに……」
「うーん、エミリオくんが誰の話をしてるのかさっぱりわかんないけど、隠し事なんてされたら落ち込んじゃうよねえ」
「誰というか、これは僕の勝手な想像の話なんですけど……」
「なるほど、エミリオくんは関係ないんだ? せっかくエミリオくんの恋のお悩み相談を聞けると思ってたんだけどなぁ」
アイリーンは頬杖をついて紅茶の入ったカップに口をつけた。俯くエミリオをちらちらと見る彼女は、小さな皿に盛り付けられたクッキーに手を伸ばす。
「……ふうん?」
クッキーの粉がついた指先をぺろりと舐めて、アイリーンはうんうんと頷いた。その様子にエミリオは少し焦って、作り笑いを浮かべてみせた。
あくまでも、これは“自分の話じゃない”と言い張らなければ。それだけはいくら疑われても貫き通さないといけない。
「隠し事ねぇ。もしエミリオくんが隠し事する側だったらどう? 大好きな人に、何か理由があって話せないことがあったら……どう思う?」
アイリーンの言葉に、考えを巡らせてみる。
大好きな人に、隠さなきゃいけないことがあったら。
きっと辛い。恋人に話せない秘密を抱えたままでいるのは、とても辛いだろう。自分はきっとそう思う。
「…………」
「たぶんだけどね、恋人に嘘つかれたり隠し事されたら辛いけど……本当に話せない秘密を抱えてるのなら、隠し事してる方もしんどいよねえ」
アイリーンも同じ考えをしているようだ。それに安堵したが、そうなると隠し事をしているジェスも辛いということになる。
エミリオは、ジェスにそんな思いをして欲しくないと思っていた。
「恋人を傷つけようと思って隠し事する人っていないと思うんだよね。むしろその逆で、傷つけたくなくて秘密にしちゃうんじゃないかな」
カップを両手で包むように握って、アイリーンの言葉を聞く。
ジェスが自分を傷つけないために隠し事をしているのなら、それを暴くことはいけないのかもしれない。
「ううん……」
「あはは、悩んでる悩んでる。考えることはいいことだよ、どんどん悩んだらいいと思う。何が正しい答えかなんてわからない話だからね。自分の中でちゃんと考えて、答えを見つける。しんどいけどこれしかないよ」
アイリーンは「ふふ」と笑って見せる。優しい笑顔を前に、エミリオは難しい表情を浮かべることしかできなかった。
ともだちにシェアしよう!