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第39話 触れる手
こんなに何も言えなくなってしまったのは、ジェスの眼差しのせいだ。
エミリオのことを愛していると言ってくれているけれど、彼の心の中にはまだ、“彼女”がいる。忘れることができないから王都に行くのを拒んでいるのだ。
ジェスを責める権利なんてない。その女性のことを恨んだり嫉妬したりするのも間違っている。
ジェスを過去も含めて受け入れたいのに、心の整理ができなくてうまくできない。そんな自分が、心底嫌だった。
「……好き勝手なこと言って、それでも信じてくれだなんて虫がよすぎるよな。すまない」
「そんな、こと……ないです」
必死だった。とにかく必死に胸の内を隠そうとしていた。笑顔を見せることができたらどれだけ良かったか。ジェスのことを、それだけで安心させることができるのに。
思考がまとまらなくて、どうすればいいのかもわからなくて――でも、何か言わないといけない。そんな気がして思い切って口を開いた。
「その人、は」
「……?」
「きっと素敵な人だったんですね……こんなにも、ジェスさんの心に残り続けて」
ジェスからの返事はなかった。けれど、少しだけ口元に笑みが浮かんだのを見て、不安が和らぐと同時に胸が苦しくなった。
「ああ、素晴らしい女性だった……俺なんかにはもったいないくらいの人だ」
「あのハンカチも、その人からの贈り物でしょう? あんなに焦ってるジェスさん、初めて見ました」
「……そうだ。よく見てくれてるんだな」
ジェスの手がそっと伸びてきて、頬に触れるか触れないかの位置で手が止まる。触れていいのか逡巡しているようだ。それを察して、エミリオはその手に自分の手を重ねて、頬に触れるように導いた。
あたたかい。ジェスの体温を感じて、心がじわりと解されていくのを感じた。
「ジェスさんのことが、大好きですから」
「ありがとうな……本当に、ありがとう」
優しい眼差しにとろけてしまう。
大好きだ。やはり、何があってもジェスのことが大好きだ。
エミリオは改めて実感して、重ねている手にぎゅっと力を込めた。指を絡ませて目を閉じれば、ジェスの微かな震えを感じる。
その様子を感じ取って、心が決まったのかもしれない。エミリオは静かに目を開き、淡いブルーの瞳をジェスに向けた。
「僕は……ジェスさんが愛した人ごと、ジェスさんを愛したい」
心の奥底で、じんわりと渦巻いていた本当の気持ちが溢れた。
「エミリオ……」
「僕は、ジェスさんにもっと触れていたい――そんなことを、思ってもいいんでしょうか」
下手くそな笑顔をジェスに向けて、触れている大きな手に頬を擦り寄せる。今すぐ抱きしめてほしい。そんな思いが伝わるように、エミリオはゆっくりとジェスの手を頬から離し、震える唇でその手に触れた。
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