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第49話 ジェスの想い
ついにやってしまった、とジェスは部屋でひとり頭を抱えていた。
もっともっと大切にしようと思っていながら、我慢できずに手を出してしまった。早まったことをしてしまったかもしれない。ていうか、した。
「あああー……」
王都へ行くことができない理由――亡き恋人の話をできたところまでは良かった。エミリオもしっかりと受け止めてくれて、それでも『大好きです』と言ってくれた。
それで調子に乗ったわけではない。昨日はその話をしたら大人しく帰るつもりだったのだ。
なのに、結局触れてしまった。
(綺麗だったな……ああくそ、手触りが忘れらねえ……)
エミリオに触れた感触が残る手を握りしめて、ため息をつく。仕込みも手につかないくらいジェスの心は乱れていた。
最後までしていないとはいえ、ベッドで愛し合ったことは事実で。
そういうことに不慣れであろうエミリオに、淫らな行いを教えてしまったのも事実で。
「……最ッ低だ」
綺麗なものを汚してしまったことに対する罪悪感でいっぱいになってしまう。だが、それと同時にエミリオと触れ合えた幸福感があるのも確かだ。滑らかな素肌に、昂っていたエミリオ自身の熱。はっきりと快感を得てあふれ出した甘やかな嬌声。すべてが鮮明に思い出せる。そしてそのすべてが忘れられない大切な記憶だ。
「あー、やべえ……」
思い出していると身体中の熱が中心に集まってきた。こんなに誰かに欲情するのは久しぶりだ。思春期の子どもじゃあるまいし、と自嘲しながら頬杖をついた。
彼女を――リリスを失ってから、もう二度と恋なんてしないと思っていた。こんなに誰かを好きになることがあるなんて、考えてもいなかった。
これは彼女への裏切りになるのだろうか。
もう、ずっと一人で生きていこうと決めていたのに、どうしてこんなにも心が狂わされるのか。
きっかけは些細なことだった。
初めてエミリオの存在を認識したのは、オルデルに来たばかりの頃。酒場の開店祝いで町長や教会の神父たちが集まった時だ。隅の方で小さくなっていたエミリオが気になって、ちらちらと眺めてしまった。
エミリオは酔っぱらいに囲まれて困ったように笑っていた。そして少し目を離した隙に酒を無理やり飲まされたらしく、顔を真っ赤にしてふらふらになっているのに気がついた。
『おい、大丈夫か?』
『すみま、せん……お水いただけますか……?』
水を飲ませてやったが、それでも具合が悪そうなエミリオを夜風に当たらせに外へ連れ出した。
綺麗な満月の夜だったことを今でも覚えている。
涼しい風に一緒になって当たっていると、エミリオはひどく恐縮した様子で何度も謝ってきた。
『楽しい集まりなのに……僕みたいなのがいてすみません』
泣き出しそうな顔で頭を下げる姿を見て、守ってやりたいという気分になった。その時はまだ、これが恋になるとは思ってもいなかったが。
(小動物みたいだったんだよな……とにかく可愛かった)
夜風に当たっている間、エミリオが図書館で働いていることや両親を亡くしたため教会で育ったことを聞いた。
あの日以降、エミリオは酒場に顔を出すことはなかったが、ずっと気にかかっていて昼間に図書館へ行った。料理の本を探しているという名目で、エミリオの顔を見るために通い詰めた。
会えば会うほどエミリオの笑顔や真剣な表情が魅力的に映って、図書館での時間がジェスの心を溶かしていった。リリスを失った孤独な心が、エミリオの存在によって少しずつ癒されていくのがわかった。
エミリオは、いつの間にか特別な存在になっていた。
心の中にはずっとリリスが居続けているのに、同時にエミリオに想いを寄せている自分がいる。
矛盾した心に戸惑い、混乱し、それでもエミリオへの気持ちは止められなくて、店に呼んだエミリオにキスを迫った。エミリオへの想いが本物かどうか知りたくて、キスをした。
唇が触れた瞬間、この想いは間違いなく本物なのだとジェスははっきり自覚した。
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