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第52話 教会の明かり
ウィズリーにからかわれて、たじたじになったエミリオはずっと顔の熱が引かなくて困っていた。こんなのだめだとわかっているのに、心臓がうるさくて仕方ない。こんなふうになるのはジェスの前だけだと思っていたが、さっきのウィズリーはなんというか、自分を口説いているように思えてひどく緊張してしまった。
「……はぁ」
あんなに整った顔で可愛いとか守りたいとか言われてしまったら、誰だってドキドキしてしまう。
(それにしても、なんで急にあんなこと……)
動揺している姿はジェスには絶対に見せられない。早くいつもの自分に戻らないと。エミリオはまだ火照っている頬に触れ、熱を冷まそうとぎゅっと押さえた。
「――じゃあ、失礼するよ」
退館するウィズリーがカウンターのそばを通る。微笑みをこちらに向ける姿は今まで見たことがないくらい艶っぽくて、まるで自分を誘い込んでいるようだ。
「……っ」
ウィズリーの深い碧の瞳が印象的で忘れられない。去っていく背中を目で追う。心がふわふわするのを必死に抑え込みながら、エミリオは俯いて目を閉じた。
思わぬ出来事でウィズリーに心を乱されてしまったが、エミリオはその後なんとか平常心を取り戻し、陽が落ちるまで穏やかに業務をこなすことができた。
ゆっくりと窓の外がオレンジ色に染まっていく。閉館の時間が近づいてきて、館内の人もまばらになりどこか寂しい雰囲気になる。この時間は特に静かで、そんなひとときがエミリオは好きだった。
「えみりお、ばいばい」
「はい、またきてくださいね」
カウンターよりも背の低い女の子が一生懸命に手を振ってくれている。可愛らしくて思わず笑顔になり、小さく手を振りかえした。
「…………」
こんな何気ない日々が続くことが、何よりも幸せなはずだった。
これ以上幸せなことはないのだと思っていた。
なのに、今の自分はどうかしてしまった。
(ジェスさん、今何してるかな)
今の自分は、ふとした瞬間にすぐジェスのことを思い出す。ジェスのそばにいたいと思ってしまう。
想いを重ねて恋人になるまでは、そんなわがままなことは思わなかった。ただこの場所で、同じ空間にいられるだけで嬉しかった。本をきっかけに、少し話ができただけで胸がいっぱいになるくらい幸せだったのに。
今はもう、ジェスに会いたくて、触れてほしくてたまらない。
わがままな自分になってしまったことを恥じ、エミリオはため息をついた。
すっかり陽が落ちて暗くなった帰り道。出歩く人もいない夜道を歩いていると、ふと教会の明かりが目に入った。こんな時間に教会の明かりがついているなんて、珍しい。この時間、孤児たちと神父のヴァルドは教会のそばに建つ古びた家屋で夕食をとっているはずだ。あまり立派な建物ではないが、皆幸せに暮らしている。
このまま真っ直ぐ緩やかな坂を登っていけば、教会にたどり着く。
(――久しぶりに行ってみようかな)
聖堂にはきっとヴァルド神父がいるのだろう。何か祈りを捧げているのかもしれない。少しだけ話がしたい――そう思ったエミリオは自宅に向かっていた足を教会の方へ向けた。
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