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第53話 父

 教会に向かっている間に辺りはどんどん真っ暗になっていった。  ランプを持ってくればよかった、と思いながらエミリオは坂道を登る。フクロウの鳴き声が遠くから聞こえてきて、どこか寂しい気分になった。  教会の近くはよく知った場所だ。教会で暮らしていた頃、ちびっ子たちを連れて散歩をした思い出がある。本当は公園に行きたかったけど、自分達を「よそ者」と言って騒ぐ子どもたちがいたからほとんど行くことはなかった。 (教会の周りだけが僕の世界だったなぁ……今は違うけれど、やっぱりここにくると安心する)  窓から溢れる暖かな光は、幼い頃から見続けてきたほっとする明かりだった。重たいドアを静かに押して開けると、聖堂内はしんとしていて人の姿は見当たらない。誰もいないのに明かりがつけっぱなしになっていることは、几帳面な神父がするようなことじゃない。エミリオは不安になって、誰もいない聖堂で声を上げた。 「神父様? いらっしゃらないのですか? 神父様?」  エミリオの声が虚しく響く。誰の返事もなく、あまりにも静かでますます不安になる。  皆で暮らしている方の家に行ってみようと踵を返すと、急に入口のドアが開いた。 「わ……っ」 「おや、エミリオ。珍しいなこんな時間に。どうしたんだい?」  入ってきたのは修道服に身を包んだヴァルド神父だった。  神父は穏やかな笑みでエミリオを見つめている。 「神父様……! 明かりがついていたので来てみたら、誰もいなかったので心配しました」 「ああ、祈りの最中にね、子どもたちが眠れないというものだから寝かしつけてきたんだよ」  神父はそっと手を差し伸べ、椅子に腰掛けるよう促した。それに従って腰掛けるとその向かいに神父が腰を下ろした。 「みんな、元気ですか?」 「そうだね、元気すぎて困ってしまうくらいだよ。昔のエミリオのように小さな子の面倒を見てくれる子がいてくれればいいんだけれど」  神父の笑顔は困ったようではなく、むしろ喜んでいるようだった。子どもたちが元気なのはいいことだ。エミリオもふわりと笑顔を浮かべる。懐かしくて、嬉しくなったのだ。 「ところで……教会にきたのは、明かりがついていたからだけかな?」 「え?」 「少し痩せたんじゃないか? 何か悩みがあるなら話してほしい。お前は――エミリオは、私の息子なのだから」  穏やかな声に思わず目頭が熱くなる。思いもよらないことに、エミリオは焦って取り繕うように笑った。 「いえ、そんな……大丈夫ですよ、僕は」 「あまり無理をしてはいけない。隠すのはよくないよ」 「本当に、あの、大丈夫です……何も問題ないです」 「……そんな顔には見えないんだがね。これでも小さな時からお前を見ているんだ。私はこの町の誰よりもお前のことをわかっているつもりだよ」  エミリオは不思議だった。少し不安な気持ちはあるけれど、ずっと思い続けていた人と恋人になれて幸せの絶頂にいるはずなのに、育ての親の神父にはそう見えていないようだ。 (僕は、一体どんな顔をしているんだろう……)  いつもは気にしないのに、そんなふうに言われてしまうと気になってしまう。エミリオはあまり表情を読み取られないようにと、下を向いてしまった。

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