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第54話 隠し事
「ちゃんと食事は取っているのかい」
問われて、エミリオは頷いた。そんなに不安にさせるようなほど痩せただろうか、と思いながらヴァルド神父のほうを見る。神父は穏やかで優しい目をしていた。
「たまには子どもたちと一緒に食事でもどうかね。大したもてなしはできないが……」
「そんな、もてなしなんて。みんなと食事ができるだけで幸せです」
「エミリオは本当にいい子に育ったね、とても誇らしい。図書館の仕事もしっかりとやっているそうじゃないか。領主様からちゃんと聞いているよ」
そう言われて、エミリオはたまらなく嬉しくなった。まるで子どもの頃に戻ったように無邪気に喜んでしまいそうで少し気持ちを抑えたが、本当の父のように思っているヴァルド神父から褒められるのはとても嬉しい。
「ありがとうございます。仕事はとてもやりがいがありますし、いろんな人とお話ができるのもすごく楽しいです」
きらきらとした表情で答えるエミリオに、神父は驚いた表情を向けていた。
「どうかしましたか?」
「いや、なんというか……見違えるようだ。お前が人と話すことを楽しいと言うなんて。あまり得意ではなかっただろう? 他人と話をするのは」
「あ……」
言われて初めて気がついた。自分は確かに人と話をするのは苦手だったはずだ。最近はそんなことはなくて、むしろ話をするのが楽しいと思えるようになった。自分が知らない間に変わっていたことに気がついて、思わず動揺してしまった。
「……最近、いろんな人とお話をすることで勉強になることが多くて……それで」
「いい友人がいるんだな。自分のことのように嬉しくなってしまったよ」
アイリーンやウィズリーのことを友人と言っていいのだろうか、と少し戸惑う。エミリオは自分などが彼らのことを“友人”と呼んでいいのかわからなかった。
エミリオにとっては小さな頃から本だけが友達のようなものだった。教会にいたときは自分が一番年上で、面倒を見ている子どもたちは弟や妹のようなものだったから、友達とは違う。
人には言えないがジェスは恋人だし、アイリーンやウィズリーは良くしてくれるが……友達なのだろうか。自分のことを気にかけてくれる優しい人たちだとは思うが――。
(そもそも、友達の定義がよくわからないなぁ……)
しかし、安心したように笑う神父の姿を見て、そういうことにしておいた方がいいのかと話を流してしまった。
「僕のことを、そばで助けてくれる人たちに感謝してばかりです」
「酒場のジェスくんのように、か?」
神父の口からジェスの名が出て、エミリオはびくりと肩を震わせた。どうして急にジェスの名が出たのか、確かめるのがひどく怖かった。
「えっと……」
「自警団のウィズリーくんから聞いているよ。仲良くしているそうじゃないか。最初に聞いた時は驚いたもんだ。あまり交流する機会がなさそうに思っていたからな」
「あ、はは……ジェスさんは勉強熱心な方で、よく図書館を利用されてて、それでお話するようになったんです」
急にジェスの話になって、思わず言葉がたどたどしくなってしまう。関係がバレてしまわないように話すのはなかなか難しい。ウィズリーがどんなふうに話しているのかはわからないけれど、彼のことだからちゃんと秘密にしないといけないところは話していないだろう。
「ジェスくんが図書館通いとは意外な……おっと。いかんいかん、こんなことを言っては彼に失礼になるね」
「料理の勉強をしに来られるんです。だから、新しい本が入ったらお知らせしたり、見たこともない食べ物の話をしたりして、気づいたら……」
「気づいたら?」
はっとして、エミリオは首を横に振った。自分は今、何を言おうとしていたのだろうか。気をつけないと口を滑らせてしまいそうだ。
「き、気づいたら、よく声をかけてもらえるようになったんです!」
「なるほど。いい友人は大切にするんだよ」
ジェスとの関係は秘密にしなければいけないとわかっているが、そのために誤魔化したりするのは心のどこかに引っかかりがあった。
隠さないといけないけど、嘘はつきたくない。エミリオは矛盾した思いを抱えながら言葉を紡いでいた。
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