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第56話 足音の正体
恐怖に支配されて振り返ることもできない。
この道はたまたま通りかかるには不自然な場所だ。
跡をつけられている……? 一体誰に、なんの目的で?
エミリオはできる限り早足で自宅へ向かうが、後ろの足音も同じように速くなって、さらに恐怖が増した。
「っ……は、っ……」
呼吸が乱れ、手足が冷たくなる。
怖い。誰か、助けて――。
ジェスの顔が思い浮かんで、泣きそうになった。緩い下り坂を必死に歩くが、足音がどんどん近づいてくる。そして、逃げ出すことができないまま歩みを止めずにいると、肩を掴まれて無理やり後ろを振り向かされた。
「ッ――!!」
エミリオは後ろを向かされた瞬間、声にならない悲鳴をあげた。強い腕力は遠慮がなく、乱暴だ。
目の前にいる男を見上げ、エミリオは震える声で名を呼んだ。
「ウィズリー……さん……?」
そこにいたのは紛れもなく自警団のウィズリーで、エミリオの腕を掴んで真っ直ぐこちらを見ていた。猛獣のような鋭い眼差しが突き刺さる。
――なんで、ウィズリーさんがこんなところに……?
「いけないじゃないか。こんな時間にひとりで出歩いて」
静かな声にはうっすらと怒気が込められていて、怖くて何も返せない。
肩を掴んでいた手がゆっくり離れ、エミリオは解放されたが身動きが取れなかった。
「エミリオ、夜道は危険だ。家まで送っていこう」
いつものウィズリーじゃない。こんなに威圧感のある人物ではなかったはずだ。
拒みたい。この男と一緒にいるのは嫌だ――そう感じているのに、気圧されて返事ができなかった。
「どうした? エミリオ」
「な、んで、こんなところに……?」
声を振り絞って、ウィズリーに問いかける。恐怖が拭えなくて、後退りしてしまった。それを制するように、ウィズリーはエミリオの腕をしっかりと掴む。
「自警団の務めだよ。見回りをしていたんだ」
「ひとりで、明かりも持たずに? 自警団の方は、二人組になって見回りをしているはずじゃ……」
夜に見かける自警団の人たちは 決してひとりでは行動していない。見回りをするのに明かりを持っていないのも不自然だ。ウィズリーの行動はおかしいところがいっぱいある。
月明かりが照らしたウィズリーは薄く笑みを浮かべていて、さらにエミリオの恐怖を煽った。
「ウィズリー、さん……?」
「君はやっぱり賢いね。教会に向かう君の姿が見えたから、跡をつけたんだ」
ウィズリーの声音が変わった。開き直ったかのように、笑いを含んだ声で言う。
「今なら、君を襲うのにちょうどいいタイミングだと思って」
「ひ、っ……!!」
腕を引かれ、強引に歩かされる。そばの茂みに連れ込まれると、月の明かりも差し込まない真っ暗な場所に突き飛ばされた。
背中を木の幹に強かに打ち付けて、思わず咳き込んでしまう。足から力が抜けて、エミリオはずるずると地面にへたり込んだ。
「わかっているはずだろう? 夜道は危険だと。ひとりでこんな暗い道を歩いていたら、悪者に襲われてしまうよ」
しゃがんだウィズリーは微笑みながらエミリオの頬を撫でた。
こんなのは自分が知っているウィズリーじゃない。彼はこんな恐ろしいことをするような、危険な人物ではない。……そう信じたかった。
「……やめて、ください」
「断る。ずっと前からこうしたかった。君を傷つけたいわけじゃない。自分のものにしたいだけだ――ジェスはきっとこの先も君を傷つける。それなら、奪ってしまった方が君のためでもあるんだ」
ウィズリーがどんな表情をしているのかわからない。今まで信じていた人に裏切られたことが悲しくて、怖くて、エミリオは震えながら溢れてくる涙を堪えることができなかった。
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