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第57話 ごめんなさい
「ジェスのものになっても、君は幸せになれない。あいつの心にはずっと一人の女性が居座り続けている。君は一生、その女以上の存在にはなれないよ」
びくりと肩が震えた。どうしてジェスの過去を知っているのだろう、と驚いたが、同じ王都から来た者同士、昔話のひとつくらいしていてもおかしくはない。
その過去を持ち出して、ウィズリーが迫ってくる。彼の目的はエミリオをジェスから引き離して自分の所有物にすることのようだ。
そんなこと、できるものか。自分はジェスを愛している。どんな乱暴をされたとしても、心までウィズリーのものになんてなるわけがない。怖いけれど、絶対に屈しないと思っていた。
「……君もそんな目をするんだな。追い詰められていながら、一生懸命こちらを威嚇して、可愛らしいものだ」
「ウィズリーさんっ……! やめてください、僕は……あなたのものにはなならないっ……!」
「このまま力ずくで俺のものにしてやってもいんだぞ。腕力で俺に敵うはずがないだろう?」
両手を掴まれて身動きが取れなくなる。敵うはずがないのはわかっていた。それでもエミリオは唇を噛み締め、ウィズリーを睨み続けた。せめてもの抵抗のつもりだったが、ウィズリーはその姿を嘲笑う。
「痛い思いをしたくなければ、おとなしく従った方がいい。君のためだ」
「いや、です……!」
「俺はジェスとは違って君しか愛さない。俺のものになれば、もう傷つくことはない」
怖いくらい優しい声音で囁かれ、エミリオは首を大きく横に振った。
「いやっ……!!」
逃げ出そうと足を動かすが、立ち上がることもできない。このままなんの抵抗もできずに蹂躙されるのかと思うと、怖くて情けなくて、溢れる涙が止まらなかった。
「ジェスとはどこまで行ったのかな。手を重ねて、抱き合ってキスをして、もしかしてそれ以上も?」
ウィズリーの顔が近づいてくる。顔を背けると、顎をとられて無理やり上を向かされた。
「処女だと嬉しいんだが。俺が君の初めてを奪ったと知ったら、ジェスはどんな顔をするかな」
「なんで、こんなことするんですか……? ジェスさんはあなたの友達でしょう!?」
「ああ、そうだな。でもそんなことがどうでもよくなるくらい、君は魅力的だ」
ぎらつく獣のような眼差しに、身じろぎひとつできなくなる。肩に手がかけられ、木の幹に押しつけられた時、エミリオはもう逃れられないのだと固く目を閉じた。
ジェスじゃない男の手が、衣服の上とはいえ身体をまさぐってくる。その感触に嫌悪を抱き、頬に涙を伝わせながら力無く首を横に振った。
「ごめん、なさい……っ、ウィズリーさん……ごめんなさい……」
「何を謝ってるんだ? 自分で言うのも変な話だが、君は今、襲われているんだぞ」
笑いながら言われ、クリーム色のシャツの中に手が滑り込んでくる。素肌に触れられて身体を震わせたが、熱を持ったその手から逃れることはできなかった。
エミリオはそれでも、言葉を詰まらせながら「ごめんなさい」と言い続ける。それはどうにかしてこの場から逃れるための言葉ではなかった。
「――こんなこと、させて、ごめんなさい……っ……」
ウィズリーに友人であるジェスを裏切らせ、こんな行為に走らせた責任は自分にある。自分がもっとしっかりしていれば、ウィズリーにこんなことをさせずに済んだのではないか。
苦しい思いで、エミリオの胸はいっぱいだった。
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