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第58話 解ける心

「……そろそろ黙ったほうが君のためだよ」 「っ……!」  ウィズリーがエミリオに喰らいつくように覆いかぶさってきた時、少し離れたところから自分の名を呼ぶ声が聞こえてきた。 「エミリオ? そこにいるのか?」  聞こえたのはヴァルド神父の声だった。ランプの灯りをこちらに向けて、エミリオの名を呼んでいる。灯りで照らした茂みの中にエミリオの姿を見つけた神父は、慌ててこちらへ駆け寄ってきた。 「エミリオ! ランプを持たせた方がいいと思って跡を追ってみたら……ウィズリーくん、これは一体どういうことかね」 「……まったく。過保護な方だ。運が良かったな、エミリオ」  神父に詰め寄られ、あっさりとウィズリーは身を引いた。涙を流しているエミリオの頬を指先で撫で、怯えた表情を見て口元を緩ませる。 「キスのひとつでもしておけばよかったな」 「ウィズリーくん!!」  踵を返したウィズリーを見つめ、エミリオは荒く上下する胸を押さえた。  神父が呼び止めてもウィズリーは足を止めることなく、さっさとこの場から去ってしまう。  あんなのはウィズリーじゃない。自分が知っているウィズリーは、こんなことをするような男じゃない。  けれど現実は残酷で、彼が触れた肌にはいまだに嫌な感触が残っている。 「エミリオ……!」  ウィズリーの姿が完全に見えなくなって、神父は慌ててエミリオの元へ駆け寄った。 「……大丈夫か?」 「っ、う……」  大丈夫だと言って安心させたかった。足に力が入らず立ち上がれなくなっているエミリオだが、神父にこれ以上心配させたくなかった。  泣き顔を見られ震えている姿を晒してしまっては安心させることなんて無理だろう。わかっていたが、せめて口先だけでも強がっていたかった。  そんな時、神父の温かい手がエミリオの手に触れる。指先をぎゅっと握られて、またじわりと涙がにじんだ。 「こんなに冷えて……怖かったろう。一度うちにおいで。休んでいきなさい」 「……はい」  身体だけでなく声まで震えてしまう。神父は冷え切ったエミリオの身体をさすりながら、「もう大丈夫だよ」と何度も言葉にして落ち着かせようとしてくれた。  少しずつ震えがおさまってきて、ゆっくりと立ち上がる。枯れ枝を踏んで足元からパキパキと音がした。神父はふらつくエミリオを支えながら月明かりのほうへと歩き、そのまま教会へ戻る道を辿った。  何があったのか、どうしてあんなことになったのか、神父は何も尋ねない。ただ、道中に「もう大丈夫だよ」と何度も声をかけてくれて、エミリオの心は氷が溶けるようにゆるく解けていった。

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