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第59話 目を閉じる

 通されたのはエミリオが昔暮らしていた神父の自宅だった。灯りをつけ、エミリオを椅子に座らせると、神父はあたたかい紅茶を淹れてくれた。  幼い頃から、神父が淹れてくれるこの紅茶がすごく好きだった。  両手でカップを包み込み、あたたかさに心が落ち着く。エミリオは小さな声で「ありがとうございます」と伝えた。 「少し、落ち着いたかね」 「……はい」  ようやく震えもおさまり、ずっとそばにいてくれる神父に頷いてみせた。ウィズリーがまさかあんなことをするなんて思いもよらず、まだ悪い夢だったんじゃないかと思ってしまう。  けれど、これは現実だ。獣のような目も、熱を帯びた手の感触も、全て現実。 「今日は泊まっていきなさい。ベッドなら空いているから、遠慮しなくていい」  弱々しく頷き、紅茶をひと口飲んで乾いた喉を潤した。あたたかい液体が喉を流れ落ちていく。それだけでさっきよりも心が安定した。 「……怪我はしていないかい?」 「はい、どこも痛くないです」  笑ったつもりだったが、ちゃんと笑えていなかったと自分でも思う。心配をかけまいと思ってもうまくいかない。ショックが大きすぎて、自分をコントロールできないのが辛かった。 「頼りない父親ですまない」  神父の言葉が胸に突き刺さる。エミリオは顔を上げて、辛そうな表情を浮かべる神父を見た。こんな顔をさせてしまったことがどうしようもなく悲しくて、エミリオはカップを持つ手に力を込めた。 「……全部、僕のせいです。僕がしっかりしていないから、こんなことに」 「自分を責めてはいけないよ。ウィズリーくんのことは自警団のほうへ連絡して……」 「……っ」  ウィズリーが夜道でエミリオを襲ったことを自警団に伝えれば、きっとウィズリーは除籍されるだろう。だが、それで問題が解決するわけではない。ウィズリーのあの目が脳裏をよぎり、これで終わりだとは思えなかった。 「怖い、です」  振り絞って出した言葉に、神父は何も言うことができずエミリオの肩に手を置いた。 「そうだな……なら、どうすればいいのか一緒に考えよう。またいつ彼がお前を狙うかわからない。なるべく夜道は一人で歩かず、戸締りもしっかりするんだよ」 「心配をかけてしまって……ごめんなさい」 「謝ることはない。辛いのはエミリオのほうだろう。私にできることがあれば、なんでも言ってくれ」  優しい声音が心に響く。緊張していた身体からゆっくり力が抜けていき、どっと疲れが出てきた。  今夜はもう、このまま眠ってしまおう。エミリオは紅茶を飲み終えてすぐに部屋へ案内されて、ベッドに横になる。  神父が自室へと戻り一人になった瞬間に緊張が解けて、エミリオは目を閉じた。  明日も仕事だ――とにかく今は身体を休めることにしよう。  考えることをやめることも、自分を守るための手段の一つだ。  エミリオはぼんやりとそんなことを考えているうちに静かな寝息を立てていた。

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