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第60話 しばしの休息
翌日の朝は子どもたちの声で目を覚ました。朝から元気にはしゃぐ子どもたち。それを嗜めつつも、どこか嬉しそうな神父の声。それが少し離れたところから聞こえてきて、エミリオはゆっくりと身体を起こした。
「――おはようございます」
「ああ、おはようエミリオ。そろそろ起こそうかと思っていたんだよ。……大丈夫かい?」
「あー! としょかんのおにいちゃんだー!」
子どもたちが朝食のパンを食べながら、突然現れた客人に声を上げる。歓迎してくれている様子で、「パンたべる?」とか「ここすわって!」と笑顔を向けられて、つられて笑ってしまった。
「すまないね、騒がしくて」
「そんなことないです。昔を思い出して懐かしくなっちゃいました」
子どもたちに挨拶をして、勧められるままに椅子に座る。すると一番年上らしい男の子がまんまるなパンを皿に乗せてエミリオの目の前に置いてくれた。
「どうぞです」
子どもの笑顔と優しさに心があたたかくなる。神父も「さあ、食べてくれ」と微笑んでいる。昨日のことがあって少しも食欲が湧かなかったのに、美味しそうにパンを頬張る子どもたちを見ていたら、そんな暗い気分もちょっとだけ晴れていった。
「……あ、時間」
時計を見るといつも起きる時間より少しだけ遅い時刻だったが、少し急げば問題なく図書館に辿り着く。ただ、仕事に集中できる状態かと問われたら、「大丈夫」とは言い難い。
(まだ昨日のこと引きずっちゃってるな……外が、怖い)
柔らかいパンにかじりつきながら、無意識にため息をついてしまう。その様子を、神父は見逃さなかった。
「エミリオ、今日は休んだほうがいいんじゃないか?」
「えっ、でも……」
「心を休めるのも必要なことだよ。そんな様子では仕事に集中できないだろう」
神父の言うことはもっともだった。ほっとできる空間にいながら、どこか心がざわついて落ち着かない。それに仕事に行って昨日の出来事を忘れることができるほど、エミリオは器用でもなかった。
「図書館には子どもたちの散歩の時に張り紙をしてこよう。お前はもう少し眠りなさい。いいね?」
「神父様……」
「お前に無理をしてほしくないんだ。顔色も良くないじゃないか」
神父は不安げなエミリオに言い聞かせ、そっと頭を撫でた。子どもの頃に戻ったような気持ちになり、懐かしさでいっぱいになる。エミリオは少し考えてから、首を縦に振って頷いた。
「食べ終わったら部屋でゆっくりするといい。子どもたちを散歩に連れて行くが、戸締りはしっかりしておくから安心してくれ」
そう言うと、神父は子どもたちに声をかけてから教会の方に向かった。朝の祈りを捧げに行ったのだろう。神父がいなっても子どもたちはいい子にしていた。年長の子はジャムで口の周りを汚している幼い子の面倒を見たり、食べ終わった子は自分で食器を流しに持っていったり、皿洗いを始めたりした。自分も小さな頃はこの家でこんなふうに暮らしていたな――そんな記憶が蘇ってくる。
兄弟のように一緒に育った仲間は皆王都へ出て行った。皆それぞれに王都で職につき、時々オルデルに帰ってくる。最近は忙しいのかなかなか会うことができないが、久しぶりに会いたくなってきた。
「おにいちゃん、どうしたの? パン、いらないの?」
「おなかいたい?」
ぼんやりしていると子どもたちが心配そうに声をかけてきた。子どもたちにまで心配をかけてはいけない。にこりと微笑んで、小さな頭を撫でてやる。
「大丈夫だよ! ちゃんと食べるね」
柔らかくて少し甘いパンをひと口かじって、せめて子どもたちの前では暗い顔を見せないようにしようと、少しわざとらしいくらいに明るく振る舞った。
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