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第61話 図書館の前で
ジェスは開館時間になっても鍵がかかったままの図書館の前で、首を傾げていた。
あのエミリオが遅刻をするわけがない。図書館がなんの知らせもなく休みになることはこの町に来てからほとんどなかった。体調でも崩したのだろうか。エミリオがいつも通ってくる道をじっと見つめるが、誰かが通る気配もない。
(……家に行ってみるか)
ただの遅刻ならそれでいい。もし体調を崩しているのなら介抱してやらないと。ジェスが図書館の入り口から一歩踏み出そうとした時、遠くから賑やかな子どもの声が聞こえてきた。
「ああ、教会の子どもたちか」
ヴァルド神父の周りに五人。朝の散歩でもしているのか、スキップをして笑い声を上げながら図書館のほうにやってくる。
一刻も早くエミリオの家に行きたかったが、挨拶だけでもしなくてはと思い神父の前に歩み出た。
「ジェスくん、おはよう。図書館に用かい?」
「おはようございます。そうなんですけど……エミリオがまだきていないみたいで」
「ああ、それは……」
「おにいちゃんね、げんきないからおやすみなの」
神父の後ろからひょっこりと顔を覗かせた女の子が、小さな声でそう言った。元気がない、とはどういうことだろうか。神父のほうに視線をやり、答えを待つ。
「神父さん、エミリオは……」
「この子の言うとおり、少し体調を崩してしまってね。今は私の家で養生しているよ」
「風邪かなんかですか?」
「まあ、そんなところだよ。大丈夫、そんなに心配しなくていい」
その言葉に、ジェスはほっと息をついた。一人暮らしのエミリオがもしひとりぼっちで苦しんでいたらと思うと心配で仕方なかったが、そばに誰かがいてくれるのなら安心だ。教会はエミリオの実家のようなものだし、ゆっくり休めるだろう。
そう思っていると、子どもたちが『臨時休館』と書かれた張り紙を入り口のドアにぺたりと貼り付け始めた。少し斜めになっているのを一番背の高い男の子が直してやり、「できた!」と満足そうに神父に報告している。
「ちゃんとできたよ!」
「ありがとう。では、戻ろうか」
「うん!」
「ジェスくんも、そういうことだから今日はすまないが……」
神父が申し訳なさそうに言うのに被せるようにジェスは口を開いた。
「あの、見舞いに行っても大丈夫そうですか?」
「見舞いか……すまない。ありがたいが、君に風邪がうつってはいけないからね。君が心配していたことはちゃんとエミリオに伝えるよ」
「そう……ですか」
神父が少し返答に困った様子を見せたことが不思議だったが、無理に見舞いに押しかけるわけにもいかない。寝込んでいるところに見舞いに行っても、エミリオに無理をさせることになるだろう。
「わかりました。……ちゃんと休んで早く元気になれよって、伝えてください」
「ああ、ありがとう。君のような友人がいてくれて安心したよ。これからも仲良くしてやってくれ」
友人、という言葉にぎくりとした。エミリオの育ての親である神父に、自分達の関係のことが知られたらどうなってしまうだろう。反対されてしまうだろうか。それとも受け入れてもらえるだろうか。
――もしいつか認めてもらうことができたら。自分達にとってこの上ない幸せだ。
(この人なら、きっとエミリオの幸せを一番に考えてくれるだろうな)
穏やかな神父の姿を見ながら、ジェスは口元を緩めた。この人なら大丈夫な気がする。もしかしたらあの教会で結婚式を挙げられるかもしれない、なんて空想をして、一人でドキドキしてしまった。
「それじゃあ、私たちは失礼するね」
「ばいばい!」
ジェスは元気に手を振る子どもたちにつられて大きく手を振り、去っていく背中を見送った。
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