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第65話 美味しいシチュー

「ジェスさん……?」 「エミリオ、お前寝込んでるんじゃなかったのか? 体調は大丈夫なのか?」  エミリオは突然現れたジェスに驚き、目を瞠った。自分は風邪をひいて寝込んでいることになっている。こんなところで子どもたちと水やりをしているなんて、ジェスは予想もしていなかっただろう。 「あ……えっと、しっかり休んだら調子が良くなっちゃいました」 「そうか、よかった」  エミリオの元気そうな姿にジェスは微笑んで、両手で持っている鍋を掲げてみせた。 「シチュー作ってきた。みんなで食べてくれ」 「わあ、しちゅー!!」 「しちゅー、すき!!」  エミリオが反応するより早く、子どもたちがジェスの周りに駆け寄る。  夕食前でお腹が空いているのだろう。笑顔がキラキラと眩しかった。 「ありがとうございます、ジェスさん」 「お前、本当に無理してないだろうな?」 「心配かけちゃってすみません。でも、本当に大丈夫です。ジェスさんにも会えましたし……」  エミリオは恥ずかしそうに俯きながら、心に浮かんだ想いをそのまま伝えた。  ジェスの店に招待されて、そこで食べたのもシチューだった。あの時の味と共にあの幸せな日のことを思い出して愛しさが募る。  ウィズリーとのことを忘れるくらい、こうしてジェスに会えたことが嬉しかった。 「エミリオ……ああもう、なんでそんな可愛い顔すんだよ……色々我慢できなくなんだろ」 「ん? 何か言いました?」 「……いや、なんでもない。これ、家まで運ぶから案内してくれるか?」  ジェスに言われた通り、エミリオは子どもたちを連れて家に案内した。ドアを開けると、台所に立つ神父の姿があったのでその背中に声をかける。 「神父様、ジェスさんがシチューを作ってきてくれました」 「しんぷさま! しちゅー! しちゅー!」 「おや、ジェスくんが……? これは驚いた」  振り向いた神父は一瞬エミリオに視線を送ったが、すぐにいつもの穏やかな表情に戻ってジェスから鍋を受け取った。 「エミリオが風邪ひいてんなら、あったまらないとって思って。ご迷惑だったらすみません」 「そんなことはないさ。ありがとう。エミリオは一日休んでだいぶ良くなったんだが、栄養はしっかりとらないとね」 「野菜たっぷり使ってるんで、栄養は十分だと思います」  どこか緊張した様子のジェスを不思議に思いながら、エミリオは改めてジェスに礼を言った。 「ジェスさんのシチューはとっても美味しいんです。みんなで今夜いただきましょうね」 「エミリオ、腹一杯食って早く元気になれよ。これでも本気で心配してたんだからな」 「僕はもう大丈夫ですから。心配しないでください」  無理するなよ、とジェスの大きな手が頭を撫でる。エミリオは嬉しくて自然にそれを受け入れてしまったが、神父の前だということを忘れていた。ジェスもそれに気付いたらしく、慌てて手を離す。 (気をつけなきゃ……)  二人はなんでもなかったようににこにこ笑って、その場を誤魔化した。  鍋を置いた神父は「ジェスくんにはきちんとお礼をしないとな」と言って笑っている。二人の不自然な仕草に気付いてはいないようだ。 「あーっと……すみません、そろそろ店の準備があるんで帰ります」 「おお、そうか。店のこともあるのに、わざわざシチューを作ってくれて嬉しいよ。本当にありがとう」 「気にしないでください、俺にはこれくらいしかできませんから」 「そんなことはない。君はエミリオを笑顔にしてくれた。君の料理は人を幸せにしてくれる。素晴らしい力だよ」  こんなことを言われるのに慣れていないのか、ジェスはどう反応したらいいのかわからないようだった。驚いて、それから照れくさそうに頭をかいている。 「あはは……えっと、ありがとうございます」 「ジェスさん、照れてる」 「っ、こんなこと言われんの初めてなんだよ! そりゃ、照れもするだろ……ああもう、笑うなっての!」  エミリオとジェスが笑い合っているのを見て、神父も嬉しそうに顔を綻ばせた。

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