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第68話 恐怖と解放

 怖い、嫌だ、離して――。  心の中でそう叫んでも、意味がないことはわかっている。  けれど、恐怖で声が出なくて悲鳴をあげることも叶わない。  ウィズリーはエミリオのポケットから鍵を抜き取り、片腕でエミリオの動きを封じながら家の鍵を開けた。そしてそのままエミリオを押し込み、自らも足を踏み入れる。  このままではいけない。恐ろしいことが待ち受けている。床に倒れ込んだエミリオは這いずって逃げ出そうとしたが、ウィズリーがそうはさせなかった。 「逃げるな」  ウィズリーの低い声にエミリオは肩を震わせる。  手首を掴んで押し倒され、息を荒くするウィズリーに身体を弄られた。無慈悲にドアが閉まり、二人きりの空間になってしまった。 「愛してる。エミリオ」  ジェスからも聞いたことのある言葉だったけれど、ウィズリーから聞くそれは体温が一気に下がっていくほど恐ろしかった。 「だ、れか……っ」 「君はいつも人を頼ってばかりだね。そんなことじゃ……ジェスからもいつか捨てられてしまうよ」 「ッ……!」 「あいつにはまだ心の中に愛する女がいる。君なんて簡単に捨てられるんだ……なら、俺にしておいた方が幸せになれる。俺は、君を愛している」  微笑みを浮かべるウィズリーは、エミリオのシャツを捲り上げて真っ白な腹に舌を這わせた。  気持ち悪い。心を許していない相手から肌に触れられ、弄ばれることがこんなにも怖く、こんなにも吐き気がすることだとを知ってエミリオは涙をこぼした。ウィズリーの手から逃れようと力を入れるものの、力では敵わない。首を横に振って拒絶することしかできなかった。 「やめて……ください」 「身体を交えれば気持ちも変わるさ」 「変わりません! 離してください……!!」  顎をとられ、唇が重ねられる。舌が入ってくるのを必死に拒んで歯を食いしばった。 「強情だな」 「誰か、たす、けて……っ」  弱い自分が嫌だった。こんな自分がジェスに愛される資格はないとさえ思った。  でも、頭に浮かぶのはジェスの顔だった。愛しているのはやはりジェスだ。  だからこんなところでウィズリーに身体を蹂躙されるわけにはいかない。エミリオは思い切り、心に浮かぶ男の名前を叫んだ。 「ジェスさんっ……!!」  その時、勢いよくドアが開いて何者かが飛び込んできた。  前にも同じようなことがあった。あの時はこんな勢いじゃなかったけれど、以前と同じだ。ドアを壊すような勢いで入ってきたのは、ジェスだった。 「不用心だな、エミリオ。鍵開けっぱなしだったぞ」 「……っ!!」 「エミリオ、君といるといつも余計な邪魔が入るな。神父といい、こいつといい。何なんだ」  不機嫌そうに言うウィズリーは、ゆっくり振り返ってドアの前にいるジェスを睨みつけた。 「ウィズリー。そこをどけよ。エミリオが嫌がってんのがわかんねえのか」  エミリオの目から涙がポロポロと落ちていった。どうしてジェスがここにいるのかわからないけれど、張り詰めていた気持ちがふっと緩んだ。 「ジェスさんっ……」 「俺のエミリオを泣かしてんじゃねえ。殴るぞ」  ジェスは黒シャツの袖を捲り上げ、拳を握りしめた。淡々と言葉を紡ぐジェスがどれほど怒っているのかがわかる。  エミリオは自分を押さえつけていたウィズリーの手が離れた瞬間、壁際まで後ずさってウィズリーから距離を取った。 「なあ、ウィズリー。なんでこんなことしたんだ。理由があるなら聞くぞ、一応」 「エミリオを愛しているからだよ」 「……愛しているのに、こんな強姦まがいのことをするのか?」 「後は、そうだな。お前が憎らしかったと言えばわかってもらえるか? お前から大切なエミリオを奪ってやったらどんな顔をするか見たかった」  ウィズリーの口から語られる言葉に、エミリオは目を丸くした。  ジェスが憎かったから、ジェスから自分を奪おうとしたなんて、そんなこと思いもよらなかった。 「そんなくだらないことで、エミリオを傷つけたのか」 「俺にとっては重要なことだ。お前の苦しむ顔が見たかった。今、それが少しだけ叶っていることが嬉しいよ」  ジェスは静かにウィズリーに近づき、その胸ぐらを掴んだ。  ウィズリーのことを殴るのかと思いきや、強い力でウィズリーを引き寄せ、床へ叩きつけた。

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