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第69話 弱い自分
「ぐ、っ……」
「出ていけよ。俺たちの前から消えろ」
「はは……オトモダチに対して随分な言い方じゃないか」
「……俺だってこんなこと言いたくねえよ」
ジェスは跪き、身動きの取れなくなっているエミリオを抱き起こした。
「大丈夫か?」
「ジェス……さん……」
怯えた眼差しをウィズリーに向けたまま、エミリオは身体を強張らせていた。エミリオの強張りを和らげるために、ジェスがそっと手を取り握りしめてくれた。
恐ろしくて動けなかった身体は少しずつジェスの熱で溶かされていく。
その手を握り返し、エミリオは小さく頷いた。
「やっぱり腹が立つな、お前たちを見ていると」
項垂れるようにしてウィズリーが言う。薄く笑みを浮かべているのに気づき、エミリオは少し後ずさった。この状況で、どうして笑みを浮かべられるのか理解できない。彼が何を思って行動しているのか、計り知ることができなくて恐怖を感じざるを得なかった。
「壊したくなるよ――めちゃくちゃにしてやりたくなる」
「ふざけんな。馬鹿なこと言ってる暇があるならさっさとこの家から出ていけ」
「……今の俺が、素直にお前の言うことを聞くとでも思うか?」
「関係ねえな。力ずくでも追い出してやる」
立ち上がり、ジェスが床に蹲るウィズリーを見下ろす。
薄笑いを浮かべたウィズリーはエミリオの方を見つめ、さらに表情を歪めた。
「可愛いエミリオ。俺のものにならないか」
「やめろ」
「俺は君を一生大事にするよ。君を不安にさせたりしない」
差し伸べられる手が恐ろしい。以前のウィズリーからは想像できない声音に、エミリオは唾を飲み込んだ。
「こんなに愛しているのにそんな目で俺を見るのか。……ジェス。貴様は本当に……邪魔だな」
ふらふらと立ち上がったウィズリーは腰にさげていたナイフを抜き、鈍く光る刃をジェスへ向けた。凶器を持ち出すなんて思いもよらなくて、エミリオは息を呑む。ウィズリーの目は本気だ。恐ろしくて、かたかたと指先が震えた。
「ジェスさんッ……!」
「大丈夫だ、エミリオ。心配すんな」
「でも……」
ジェスがエミリオを守るように立ちはだかる。
その背中は大きくて、この背中に守られていれば自分は大丈夫なのだと確信できる。けれど、エミリオの心の中には違う感情が生まれていた。
(いつも、こうだ……いつもジェスさんに守られて、迷惑をかけてばかり……)
こんなことになってしまったのも、元はと言えば自分の責任だ。
ウィズリーがこんな凶行に及ぶきっかけは、自分がジェスのそばにいるから。
守られてばかりではいられない。こんなに弱い自分にだって、ジェスのためにできることがあるはずだから。
「消えろ」
ウィズリーがナイフを光らせてジェスに飛びつこうとした瞬間、エミリオはジェスの目の前に飛び出した。
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