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第70話 強くなりたい
目に見える景色がひどくゆっくりに見えた。
エミリオはただ、ジェスを守りたくて――いつも守られているばかりじゃだめだと自らを奮い立たせて、ウィズリーの凶刃の前に飛び出した。
怖がってばかりじゃいけない。ジェスを守れるくらい、強くなりたい。
「エミリオ!!」
驚いたような、恐怖したような声でジェスが叫ぶ。
――ジェスさんのこんな声、聞いたことないな。
ウィズリーの全力を注いだ攻撃を受け、エミリオは激しく突き飛ばされてしまった。ジェスの胸に背中を打ち付け、そのままずるりと床へ沈む。
エミリオの身体を抱き止めながら、ジェスも床へ膝をつき何度もエミリオの名を呼んだ。
「エミリオッ……!! エミリオ!!」
「どうして、君が……」
臆病者で、いつも誰かに守られてばかりで、どうしようもない自分が、愛する人を守ることができた。
驚くことに、痛みはまったく感じなかった。
頭がくらくらする程度で、他には何にも感じない。
「エミリオ……!! どうしてこんなこと……!!」
大袈裟ですよ、と笑ってみせたかったが、なぜだろうか。全身からどんどん力が抜けていく。かすむ目でウィズリーを見上げると、彼は赤く染まったナイフを持って呆然としていた。
あの赤いのは、血、だろうか。
でも全然痛くない。ただただ力が抜けていくだけで、『大丈夫ですよ』とジェスに伝えたいのに声が出ない。
「エミリオ……っ」
大きな手が腹部をぐっと押さえる。どこも痛くないから、怪我なんてしてないはず。ぼやけていく視界でジェスの手が真っ赤に染まっていくのが見えた。
あれ、おかしいな――なんだかお腹が熱い。
「ジェ……さ、ん……」
「しっかりしろ、エミリオ!! 大丈夫だ、大丈夫だから……!!」
言葉が聞き取れない。ジェスが必死に何か言っているのに、何を言っているのかわからない。
「――ジェ、ス、さん」
「喋んな! すぐ診療所に連れてってやるから……ウィズリー!! てめえ、そこをどきやがれ!!」
ウィズリーはまるで石像になってしまったかのように硬直していた。エミリオはジェスに抱きかかえられ、ウィズリーを突き飛ばして家を飛び出した。
なんだか、急に眠たくなってきた。ジェスさんの腕の中で眠れるのなら、これ以上ないくらい幸せだ。そのまま目が覚めなかったとしても、ずっと、ずっと、幸せだ。
「だめだ、エミリオ!! 踏ん張れ!!」
眠っちゃだめだと言うことだろうか。ジェスが言うなら、言うことを聞かないと。腹部が熱い。意識がどんどん遠くなる。
――ジェスさん、そんな顔をさせてごめんなさい。
またジェスに守られている。こんなことじゃいけないのに。でも。
「ジェス、さん……ケガ、してない……?」
「してねえよ……お前のおかげだ」
町の小さな診療所が見えてきた。必死に走っているジェスの汗がぽたぽたと落ちてくる。
「よかっ……た……」
そこで記憶は途切れてしまった。ジェスが大きな声で何か言っているのが遠くから聞こえてきたけれど、返事をすることはできなかった。
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