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第72話 ふたりの空間
見つめ合って、どれくらい経っただろうか。
二人だけの空間はノックの音によって壊された。
「入るぞ」
ユーリの声に、二人は慌てて繋いでいた手を離した。
黒く長い髪を後ろで束ねながら、ユーリは面倒臭そうに二人を見ている。
「エミリオ、お前はしばらく入院。その間、図書館は閉館してここにいてもらう。領主の爺さんには手紙を出しとくから心配すんな」
「あ、ありがとうございます。……そっか、図書館開けないんだ」
「当たり前だろ。腹に穴開けたまんまで仕事なんざさせられるか。おい、ジェス。エミリオが無理しないようにちゃんと見張ってろよ」
乱暴な口調だが、口元には緩い笑みが浮かんでいる。ユーリは優しい人間だ。患者のことを一番に考えるいい医者だと町では評判になっているが、本人はその評判を聞いて居心地悪そうにしていた。
「教会には連絡したほうがいいか? あの神父のことだから、すっ飛んでくるだろうが」
「神父様にまた心配かけちゃいますね……」
「いーんじゃねえの。育ての親とはいえ、お前の父親だろ。俺としちゃあもう少し安静にしててほしいところなんだがな。あー、それと、お前の腹にナイフ刺した野郎は捕まったらしいぞ」
何があったのか知らねえが、これで一件落着か――ユーリは複雑そうな表情で伝えてくれた。ジェスの顔色をうかがうと、怒っているのと同時にほんの少しだけ悲しそうな表情を浮かべているのに気がついた。
「ジェスさん……」
「ん? なんだ?」
顔を上げた時にはいつものジェスに戻っていて、心配させまいと無理に明るい表情を作っているようだった。
この傷が癒えるのはいつになるだろうか。
エミリオの腹の傷は時間が経てば良くなるだろう。けれどジェスの心の傷は、誰が、どうやって癒すことができるのか。
もし力になれるのなら、ジェスのそばにいたい。
エミリオはそんなふうに思っていた。
「……俺はお邪魔みたいだなぁ。いいぜ、ジェス。しばらくそばにいてやってくれ。何かあったら俺の部屋まで来い」
「え、いや、邪魔だなんて……」
「遠慮すんな。こういう時は若いもん同士のほうがいいだろ」
「どういう意味ですか!」
けらけら笑うユーリは「ごゆっくり」と言い残して出ていった。
「……」
「若いもん同士っつって……あの人いくつなんだ。俺より年下に見えるんだけどな……」
ぽつりと呟いたジェスの言葉に、エミリオはふっと笑った。
緊張が解けて心が少しずつ安らいでいく。
ジェスと一緒にいられて本当に良かったと、エミリオは幸せに思っていた。
「あー……エミリオ。腹、痛いか……?」
不安そうにジェスが尋ねてきた。エミリオは小さく頷く。嘘をついたってジェスにはお見通しだろうから、素直に痛みを訴えた。
「うん、そうだよな……俺のせいだ。本当にすまん」
「違います! ジェスさんのせいじゃない……僕が、無茶なことをしただけ、です……」
「ああくそ。抱きしめてやりたいけど……今は無理だよな」
抱きしめるかわりに手を重ねて、握りしめてくれるジェスが愛おしい。このままずっと時が止まってしまえばいいのに、と思ってしまう。怖いことは全部忘れてこのまま二人きりでいたい。
「ジェスさん……ジェスさんが無事で、本当に良かった」
「それはこっちの台詞だよ――ありがとうな」
二人以外誰もいない隙に、ジェスとエミリオはそっと唇を重ねた。
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