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第74話 やさしい手

 一夜明けて、エミリオの病室にアイリーンがやってきた。エミリオが入院したと聞いて駆けつけてくれたのだ。 「もー! 君が入院したって聞いてほんとびっくりしたんだからー!」 「あはは……ご心配おかけしてすみません」 「リンゴ、剥いてあげれたらよかったんだけどね。あたしそういうの下手くそだから、ジェスに剥いてもらって」  戸棚にはカゴに入ったリンゴが置いてある。お見舞いに、とアイリーンが持ってきてくれたものだ。朝からあまり食欲がなかったけれど、鮮やかな赤色のリンゴを見たら少しだけ食欲が戻ってきた。  明るく笑うアイリーンを見て、元気をもらったおかげかもしれない。 「ごめんなさい、アイリーンさん。僕がこんなことになっちゃったから王都に本を探しに行けなくて……頼まれていた本、入荷までに少し時間がかかってしまいます」 「そんなこと気にしてないから。それより早く元気になってね。みんなエミリオくんが帰ってくるのを心待ちにしてるんだから」  アイリーンは何があったのかは聞いてこなかった。聞くべきじゃないと、彼女は理解していたようだ。  だが、ウィズリーが血まみれのナイフを持っているところを捕らえられたという話をユーリから聞いて、エミリオはどうにも複雑な気分になっていた。  きっとアイリーンもその話を知らないわけじゃない。ウィズリーとジェスとエミリオ。この三人に何があったか、町の人たちはどこまで知っていて、どう思っているのだろう。そんな不安がエミリオの胸の奥底に暗い影を落としていた。 「……まだ痛い?」  暗い顔をしていたせいだろう。アイリーンが顔を覗き込んできた。  痛み止めを飲んでいるから身体はそこまで辛くはなかったけれど、自分の身に降りかかった怒涛の出来事のせいで簡単には笑えなくなっていた。  見舞いに来てくれたアイリーンにこれ以上心配をかけてはいけない。エミリオは作り笑いをして「大丈夫ですよ」と答えた。  簡単に見透かされてしまうのもわかっていたけれど、それくらいしか今のエミリオにはできそうになかった。 「あのさ、エミリオくんのことだからすぐ遠慮しちゃうかもしれないけど……辛い時くらい、頼ってよね。ホントにさ」  いつも明るい笑顔のアイリーンが、表情を曇らせながら言う。アイリーンは「友達なんだから」と続けて、エミリオの手をぎゅっと握った。  あたたかい手に励まされる。人のぬくもりはなんて優しいんだろう。暗い気持ちが少しだけ晴れていくような気がした。

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