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1.大晦(7)
隆人がその場に正座した。相手が座布団をしていないので、遥も座布団をはずす。
「簡単に言うと、年越しの儀は凰を試すためにある。特に一族外の凰に関しては毎年鳳への忠誠心や愛情を確認するために、だ」
「毎年?」
「そう、毎年だ」
隆人が深い呼吸をした。
「披露目で一族に向けて凰を披露したとしても、そのときの凰の気持ちが永遠に続くとは限らない。普通の夫婦の場合を考えてもそうだろう?」
隆人の静かな言葉に胸を突かれたような気がした。ほんの一瞬だったが、両親の顔が脳裏をよぎった。
「だが、それでは鳳凰が成立しない。だから毎年年越しの儀の折、凰に対して何度も問いかける。凰が鳳とともにあることを望んでいるか。鳳と過ごすことに身も心も喜んでいるか。少しでも鳳の傍にあることを望んでいないと疑われる行動を取ると、凰としてふさわしくないのではないかと世話係のチェックが入る。世話係というのは鳳が与えた者で、しかも最も凰の普段のようすを知っているからな。普段のようすと、年越しの儀の問いかけに対する答えから、凰としての価値に問題があるか否か年越しの儀が終わった後に鳳に報告される」
遥は頬が引きつるのを感じながら訊ねた。
「問題ありと報告されたらどうするんだ」
「鳳が何らかの対処をするのが第一だ。凰の心が添わなくなるのには、鳳側に問題がある場合もかなりあるからな。俺の両親のように」
自嘲する隆人の顔を遥は黙って見つめていた。
隆人の目が遥をじろりととらえた。
「それで行くとお前はかなり危なかった」
遥は虚をつかれた。隆人がわかっていないのかとため息をつく。
「初めての年越しの儀は初度 と呼び、特に重視される。その儀式で世話係があえて間違ったことを言い、俺たちを引き離そうとしたとき、一瞬別に行きそうになったろう?」
遥はあっと口を開けた。あれが世話係の引っかけだったのだ。、
「本来別々になるのは禊ぎの後の入浴だけだ。鳳凰の仲が悪ければ入浴など一緒にしないからそれはそれで問題だが、仲の良い鳳凰ではただ風呂に入るだけでは済まなくなるからな。先ほどのように」
隆人の視線に遥は体がカッと熱くなった。
「それでは古い年の汚れを払うという大晦の禊ぎの意味がない。だが一族外のお前が俺の目の届かないところで何かしでかすと困るから、あえて一緒に入浴した。そうしておいて本当によかった」
遥は何も言えなかった。
「とにかく年越しの儀では世話係は鳳と凰を引き離そうとする。それに乗っては駄目だ。よく覚えておけ」
ぺらぺらと聞かされてまだ内容が把握できていない。少し考えてから隆人を上目に見る。
「要は、世話係に凰たる俺が鳳たる隆人を慕っていると思わせれば合格なのか?」
「ああ」
うなずいた隆人の目を遥は覗く。
「なら、さっきの俺の言ったことはOKだったんだろう?」
次の瞬間、遥は息を飲んだ。
隆人が微笑んでいた。かつて見たことがないほどの優しい眼差しだった。
「そうだ。あの答えのおかげで、お前はマイナス点がつかなかった。むしろああまではっきり俺と一緒に居たいと言えたことでプラスになった」
急に羞恥に居たたまれなくなった。言いたいことを言っただけだが、よく考えるとものすごく恥ずかしいことを口走っていた。隆人がくっくっと笑う。
「変な奴だな。急に赤くなって」
「だって……、何だか、ムキになってただろう?」
「あれでいいんだ。お前らしい返事だった」
認められることは、うれしい。
「お前がしおらしくしていると、何だか――」
隆人が言葉を濁したので、遥は口を尖らせる。
「『何だか』、何?」
隆人がにやりと笑った。
「気味が悪い」
かっと頭に血が上る。
「うるさい。ほめるかけなすかどちらかにしろ!」
「うるさいのはお前だ。少しは沈黙の戒めを守れ」
「そっちこそ」
「おれば鳳だから、お前よりは許されるんだ」
「勝手なことばかり言いやがって」
鳳凰の装飾が施された場は、主役たちのために厳かな雰囲気の欠片もない状態になっていた。
何もしないでいると、時間は恐ろしく長く感じる。
障子越しにうかがえる日の高さや角度でやっと昼くらいになったことがわかる。その間もう一度あの甘い茶と、普通の茶がセットで運ばれてきた。それを飲む以外はぼんやりしている以外にやることがない。
隆人は以前本を持ち込んで読んでいたと言っていたが、今日は何もしていない。鳥籠の前の座布団の上に座り、軽く目を閉じているだけだ。
その姿を遥はただ見つめる。声をかければ答えてくれるのはわかっていたが、そうやって儀式に定められたとおりに過ごすようすを見ていると、何だか声をかけるのもはばかられる。隆人に悟られぬよう、こっそりとため息をついた。
「飽きているな」
驚いて顔を上げると、隆人が目を開けていた。
「今、ため息をついていただろう」
顔が赤くなるのが自分でもわかる。隠そうとしたことがばれてしまうのは居心地が悪い。ごまかすためにわざとつっけんどんに訊いた。
「隆人さんは退屈じゃないのか」
「退屈だな。いつもは忙しくしているのに、こうして部屋から出ることもなく過ごしていていいのかと思わなくもない」
その答えに遥は口元がほころぶのを感じた。こんな時は隆人は普通の人間だと思う。遥にも理解できる。
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