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1.大晦(13)

「腰紐を解け」  ついにそう命じられた。  遥は結び目を緩めながら自分の手が震えていることに気づいた。しかし、鳳の命を拒否することはない。  腰紐を投げだした遥がまとうのは、はだけた長襦袢と白足袋のみとなった。  体の隅々まで隆人の視線がねっとりと這い回るのを感じる。顔から首筋、胸、腹。横へ流した足先からふくらはぎ、太腿。  ゆっくりと移る視線は確実に体の中心へ向かっている。そして腹からそのさらに下のあたりを(うかが)うのがわかる。  まるで眼差しに熱があるかのようだ。見つめられているところがほてってくる。  たまらず遥は喘いだ。  隆人が口を開いた。 「どうした、遥」  遥は無言に徹した。言いかえすために向き直ったら、かろうじて隠れているはずのそこを見られてしまうかもしれない。  隆人が立ちあがった。思わず身を固くしてしまう。檻のすぐ前まで来た隆人が片膝をついた。  無意識にそこを隠すように腿を重ねる。 「膝を開け」  命令にびくっとした。唇を噛みしめる。ゆっくりと隆人が続ける。 「遥、両脚を開いて、中心を俺に見せろ」 「いやだ!」  思わず拒否を口にしてしまった。そこへ隆人が静かに言葉を重ねてくる。 「なぜだ? 恥ずかしいからか? 俺に見られただけで感じて、体が熱くなって、勃ってしまった自分を認めたくないからか?」  遥はうろたえ、視線をさまよわせた。 「もう一度言う。遥、脚を開け。大きくな」  これを選んだのは、遥自身だ。  遥は歯を食いしばると、重ねていた膝を左右に開いた。  ただ腕を通しているだけの長襦袢が遥の脚の動きで、体の脇にさらりと流れた。  隆人が小さく笑った。 「見事だな」  隆人の視線の先にあるのが自分の股間だということは痛いほどわかる。そこですっかり勃ちあがっているものをしげしげと見られている。辱めの言葉を浴びせられるに違いない。  遥はかたく目をつぶった。 「よい凰に育ったものだ」  思いがけないことを言われて、遥は目を開けまじまじと隆人を見る。  隆人は満足げに笑っていた。 「鳳を欲して感じやすいのはいいことだ。そうでなくては凰の務めが果たせないからな。これなら呼び出す場を加賀谷精機だけにしなくてもいいだろう。慣れない場所でもいけるな?」  答えの返しようがなかった。こんな無様な格好を誉められて困惑しかない。  隆人が次の間に対して手を叩いた。 「則之!」 「はい」  返事とともに襖が開き、則之が頭を下げる。 「御前(おんまえ)に」 「凰の(なり)を整えろ。俺が触ったらそのままいってしまいそうだ。凰の御座所への立ち入りを許す」  座布団の上、着衣をまったく乱していない隆人と、長襦袢姿で萎えかけの欲望を晒している自分との対比に、火の中に投げ込まれたような羞恥の熱を味わうはめになった。則之が鳥籠まで来ると、一礼をした。 「失礼をいたします」  散らかっている長着や帯、腰ひもを素早く整えた則之が、遥を立たせて長襦袢を体に沿うよう掛け直した。  隆人が笑いを潜めた声で言う。 「どうにも敏感な凰だが、禊ぎまでには気も静まるだろう」 「どこのどなたのせいでしょうか?」  遥が小声で皮肉る。隆人がしれっと答えた。 「お前のせいに決まっている。俺は見ていただけだ」 「見方の問題です。あ、あんなにじろじろ見られたら……」  また思いだして恥ずかしくなる。舐めるような視線に本当に撫でまわされているようだった。 「俺は何もしていない。お前は想像力過多だな」  追い打ちをかけるような言葉に遥は歯ぎしりしてしまった。  則之は普段の世話でこんな場面になれているのか、まったく動じていない。よどみなく遥の単衣を腰紐で押さえる。  隆人の独り言はまだ続いた。 「時折俺を煽るような無駄口を叩くが、結局は素直に俺の言うことをきく。となれば口答えも愛嬌のうちだ」  遥ははっとした。確かにさっき隆人に逆らった。凰は本来鳳に対して口答えは赦されない。 「そうやって俺の気を引くところなど、いじらしいくらいだ」  思わず隆人を見た。  灯火に照らされた隆人はどきっとするほど優しい目で遥を見つめていた。  隆人はこの言葉も眼差しも世話係に聞かせ、見せている。口答えしては逆らう遥の強情さを、まったく逆の方向に解釈させようとしている。  恥ずかしさにまた体が熱くなった。  遥は隆人に庇われているのだ。  凰の心を試す儀式にもかかわらず、状況を忘れてしまう遥をいつも隆人は凰としてあるべき方へ誘導してくれている。  着付けが終わり、則之が次の間へ下がった。遥と隆人は鳥籠の中と外で向き合っている。  遥は隆人を上目に見た。 「ごめん、なさい」 「何だ、いったい」  不審がられた。遥は目を伏せる。 「いつも庇われてる――気がする」 「気ではない」  目を上げると、隆人がにやっと笑った。 「お前は妙なことをしでかすので、後始末をせざるを得ない」 「ありがとう」 「礼も詫びも不要だ。お前は俺の凰だ。守るのは当たり前だろう。たとえそれが世話係の評価からでもな」  隆人の表情は柔らかく眼差しは優しい。

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