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3.一月二日、三日(7)
しばらくの間抱かれて気持ちが落ち着いてくると、体の震えもおさまった。遥は自ら隆人から身を離した。
「待たせてすまなかったな」
隆人が世話係に向けた言葉に遥は身をわずかにすくませてしまった。
皆の前で怯えて隆人にすがったことを恥とは思わなかった。ただ、今の遥では彼らの気持ちを受けとめかねたことはやはり恥ずかしかったし、儀式を妨げる振る舞いをしたことは申し訳なく思う。
だが今更それを取り繕うことなどできない。後はこれ以上見苦しくないよう振る舞うだけだ。
隆人が背筋を伸ばした。
「そなたらの我が凰への裁定しかと受け取った。我が凰は掌中の珠のごとく美しく一点の曇りも疵もなし。この儀、一族に遍 く知らしめよ」
「かしこまりましてございます」
世話係一同が声を揃えて頭を下げた。
隆人がふっと息を吐いた。
「凰の裁定は下った。先を進めよ」
皆がまた居住まいを正して面を伏せる。その中から湊が顔を上げた。
「凰のおおとり様に申し上げます」
既視感に遥は首を捻りかけた。遥のとまどいを知らぬ湊が淡々と述べる。
「凰のおおとり様がいと汚れなき御身を捧げられし鳳のおおとり様は、御身を辱めんとなさる言動少なからず。凰様は鳳様のご所有と仰 せども、鳳凰は雌雄揃うてこその御つがい。そを蔑 ろにするがごとくの仰 りようや御振る舞い、いささか度を超したもうこと多し。かように思いやり浅き鳳様と末永き和合が果たせましょうや。凰のおおとり様よりのご処分をお定めいただきとう存じます」
言い終えた湊が一礼をして遥に視線を向けた。
隆人が湊から責められた。遥に対して侮辱するようなことを言うと。
遥は状況を理解しかね、湊を見ていた。対する湊の視線は真っ直ぐ遥に向いている。困惑して隆人を見ると、隆人は気に入らないのか顔を背けている。
湊が再び言う。
「凰のおおとり様よりのご処分、お定めくださいませ」
遥はやっと気がついた。世話係の詮議とは、凰に対してのみ行われるのではなく、鳳に対しても行われるのだ。
確かに初めの頃の隆人は、遥に卑猥なことを言わせようとしたり、いかがわしい玩具を使って嬲りもした。だが、夜をともにすること重ね、更に夏鎮めの儀、捧実の儀を経て、隆人の辱めは減り、強引さや尊大さはなりを潜めた。そのことは遥の世話係なら知っているはずだ。
「凰のおおとり様に申しあげます」
紫が面を上げた。遥はうなずいて、発言を許した。
「鳳のおおとり様は決して凰のおおとり様を侮り、辱めんとされてはいらっしゃいませぬ。穢れなきそのお体、御心が愛しきあまりにご自分の色に早う染めんと欲してのこと。今となりては睦まじきお二方、寛大なるお気持ちを是非お示しくださいませ」
「凰のおおとり様に申しあげます」
素早く口を挟んできたのは喜之だった。遥は促す。
「紫姉は、この本邸にお帰りあそばした儀式での鳳のおおとり様のお振る舞いはご存じでございましょう。ですが、東京に凰のおおとり様がおわすときの鳳のおおとり様のごようすまではご存じではありますまい」
紫が悔しそうな顔をした。
「凰のおおとり様は東京では加賀谷のマンションでお暮らしでございますれば、鳳のおおとり様もそちらにお帰りになられます。お帰りの際にお世話をしているのはわたくしども桜木――凰のおおとり様の御世話係でございます。そをお忘れなきようお願いいたします」
「わたくしからも申しあげます」
今度は諒だ。視線を向けると発言を許したことになるらしい。
「つがいのおおとり様の御仲むつまじきことは、先ほどの凰のおおとり様へのご詮議でも明らか。しかし、凰のおおとり様が御披露目果たせしよりのこの八ヶ月、鳳のおおとり様のお帰りの少なさは甚 だしくていらっしゃいます。特に先年十二月のお帰りはわずかに二度。こはつがいとして、ゆゆしき御振る舞いと弟は愚考いたしております。ましてお若き凰様からすれば、御身に欲の焔 が頻々 と燃えあがるは自然なこと。そを放りてお帰りにならぬは、凰のおおとり様を軽んじておいでの証かと存じます。凰のおおとり様、どうか鳳のおおとり様のご処分、お定めくださいませ」
「更に申しあげまする」
則之だ。目が合ってしまった。
「凰のおおとり様の御詮議のうちで、鳳のおおとり様は御自ら御失策をお認めになったことがございます。この点につきましてもご考慮なさいますようお願い申しあげます」
遥は喘ぐように口で息をしていた。この桜木家の隆人への糾弾はいったい何なのだ。どう対処しろというのか。視線を隆人に送っても、こちらをちらりとも見ない。ただわずかに顔をしかめて世話係たちを見ている。
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