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3.一月二日、三日(10)

 正面を向いた隆人が静かに言った。 「我は、この者が証立て果たせし披露目にて、我が真の凰と認めき。そして今、我が凰は我を真の鳳と認めたまいき。我らはここにひとつがいの鳳凰となるを果たしたり」  隆人が声を張った。 「鳳凰たる我らから問う。そなたらにとりて我らは仕うるにふさわしい鳳凰か。そなたらの全身全霊を捧げられるに値する真の鳳凰となりておろうか」 「応」  全員からの即答だった。  隆人が厳かに告げた。 「真の鳳凰、我らが父祖より伝えられしこの地に舞い降りぬ。これによりて我が一族に新しき年もたらされし」  その宣言に一同が声をそろえ、平伏した。 「明けまして、おめでとう存じまするぅ」 「祝着である。年越しの儀の終わりをここに宣す。我らが眷属に伝えよ。我が凰は初度の年越しの儀を見事為し遂げ、年は明けたと知らしめよ。」 「かしこまりましてございます」  鳳凰の間と廊下を隔てた襖が開け放たれた。  そこにかしこまった樺沢達夫が控えていた。碧が隆人の言葉を伝える。 「我らが麗しく慈しみ深き鳳凰様よりの御言葉、心して聞かれよ。そして、一族の者どもに伝えよ。我らに新しき年来たり。年越しは果たされた」 「祝着至極に存じます。直ちに一族の皆々様に申し伝えますゆえ、これにてごめん(こうむ)りまする」  達夫は一礼をして立ち上がり、足早に戻っていった。  碧が遥たちの方に向きなおった。 「年越しの儀見事果たされましたこと、まことにおめでとう存じます。先ほど宣されました鳳様の儀式終わりの言を受けまして、我らはこれより通常の御世話に戻らせていただきます」 「ご苦労だったな」 「お言葉を賜りありがとう存じます」  隆人が労うと碧の返事とともに世話係たちが頭を下げる。儀式の中とは違い、その動きがそろっていなかったのが、遥の目には新鮮に映った。  隆人が長着の胸に手で触れる。 「早速だが着替えを用意してくれ。いい加減この白づくめにも飽きた」 「はい、ただいまお持ちいたします」  その言葉が合図だったのかのように世話係たちが立ち上がった。出て行く者もあれば、襖を閉める者もある。碧だけがその場に残り、遥と隆人を見比べながら訊ねてきた。 「今宵のお(しとね)はどちらにご用意いたしましょう」 「どうする?」  隆人から話を振られた。 「え? どこで寝るかってこと?」 「もう儀式は済んだのだから、お前の部屋にするか?」  遥はうなずいた。 「そうする。ここだと勝手は許されないもんな」 「と、凰の仰せだ」 「かしこまりました。すぐ調えて参ります」  にこやかにうなずいた碧は、紫と喜之が隆人と遥のそれぞれの着替えを持ってきたのを確認してから控えの間を出ていった。  帯を解かれて長着やら長襦袢を脱ぎ落とすと、まず下着が差し出された。それを穿くと、やっと儀式が終わったことを実感する。シャツ、ジーンズ、セーターという普段着に戻った遥の横で、隆人も似たような服装になっている。前髪が落ちてきたせいだろうか。四十という年齢よりずっと若く見えた。  つい見とれていると、その視線に隆人が気づいた。 「なんだ、じっと見たりして」  たまらなくなって、遥は隆人に抱きついた。 「遥?」  隆人が驚いている。そんな反応をされると、してやったりという気分になる。この男は俺の物だ、と今までになく強くそう思う。そう思うことは正しいと確信できる。  隆人の腕にしっかりと抱き込まれた。 『本当に目覚めたのだな』  切なげにささやかれた言葉に遥は隆人の顔を見ようとした。だが、抱きしめる力が強すぎてできない。  隆人のつぶやきに遥の中にとまどいが生じた。 「お前の部屋へ行くぞ」  抱擁を解きながらのその言葉はもういつもの隆人だった。  本邸の中はざわざわとしていた。煌々と明かりが灯された中を樺沢の者たちが忙しく掃除をしていた。新年の三日の夜に、である。  呆気にとられる遥と隆人の姿を認めると、彼らは拭き清めている手を止め、その場に平伏して「明けましておめでとう存じます」と呼びかけてきた。 「おめでとう」  隆人がそう返すのにので、遥も戸惑いつつ「おめでとう」と告げる。すると彼らは皆今まで以上に深く頭を下げ、「ありがとう存じます」と応じた。そして隆人達が通り過ぎると、また忙しそうに手を動かし始める。  思わずその姿を振りかえりながらまじまじと見てしまった遥に、隆人が囁いた。 「年明けに怪訝そうな顔つきはやめろ。後で俺が教えてやる。お前はにこにこしていろ。凰は幸せの象徴なのだからな」  己の定めに従っているであろう樺沢の者のすることに、不審そうにするなと隆人は言っている。主が疑問の表情を浮かべたら、彼らは自分のしていることが正しいのかと不安を与えることになるからだろうか。だとしたら隆人の言うことは正しい。それに樺沢の人間の方が遥よりずっと加賀谷のしきたりに詳しい。皆古式ゆかしい定めを読んでいるのだろう。そう思えば尊敬さえできる。  遥は樺沢家の者たちににこやかに応えながら、中奥(なかおく)の凰の部屋まで隆人と向かった。

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