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3.一月二日、三日(11)

 凰の部屋についたときには、既に部屋は暖められ、茶器の仕度もされていた。  遥は隆人と自分の二人分の茶を用意する。そしてソファの隆人とその隆人の前に座った自分に茶碗を置いた。 「ありがとう」  隆人の礼に、遥は思わず笑顔になる自分に気がつき、恥ずかしくなった。  東京の遥の住まいではあまり気がつかなかったが、隆人はささやかなことにも礼を言う。接客業で横柄な客に出くわすこともあったせいか、感謝の言葉は素直にうれしい。ただ、そんな自分を見せることは心の中をさらけ出しているようで照れくさかった。  遥の入れた茶を飲む隆人にほっとしながら、遥も茶碗に口を付ける。  この部屋では、隆人と二人きりになれる。  遥しかいないときは、この部屋には必ず桜木の誰かが常駐し、世話と護衛を務める。だが、隆人がこの部屋にいるときは、護衛でもある世話係は呼ばれない限り隣の控えの間だ。遥は自分でできることはするし、遥の身は隆人が守る。凰を守るのは鳳の義務であり、隆人にはその実力もあるらしい。  この本邸には儀式のために来ると言っても過言ではない。そして儀式はほぼ鳳凰の間で行われる。隆人は多忙でぎりぎりの時間に来て、先に東京へ帰ってしまう。だからよけいにこの部屋でゆっくり過ごせる時間は貴重で、何となくはしゃいだ気持ちになる。そんな自分を隠すように遥はうつむいて茶を飲むふりをする。苦笑を隆人に気づかれていないだろうか。  隆人が茶托に茶碗を戻した。 「明日の早朝ここを発つ」  遥は顔を上げて隆人を見つめ、黙ってうなずいた。  いきなり現実が突きつけられた。隆人はまた先に東京へ出ていく。深夜まで働くことも多い隆人は、夜は別邸で過ごす日の方がやはりの多いだろう。 「遥」  名を呼ばれた。 「何?」  ぶっきらぼうに答えながら、顔を上げた。 「寂しいか?」  遥は皮肉っぽく笑った。 「当たり前だろう。こんなにずっといられたのは、調教されていたとき以来だぜ」  隆人が苦笑した。遥は茶碗を置いて、隆人の隣に場所を移った。隆人の腕が肩に回り、体がぴったりと寄りそう。 「約束しただろう、今年はお前の許に帰る日を増やすと。そしてお前はその言葉を信じると言ってくれた」  遥は低く笑った。 「俺があんたを信じなくて、誰を信じるんだよ」  遥と隆人は間違いなく相思で、つがいだ。この四日間ずっと隆人の側にいて、隆人の気持ちも自分の気持ちも明らかになってしまった。 「もし、お前が望むほどにお前の許に帰っていないと感じたら、すぐに連絡しろ。俺を正せ。俺とつがいをなすのはお前だけだ。俺にとってお前は大切な凰だ」  遥は視線を落とし、唇を噛んだ。迷う。訊いたものかどうか。 「何か言いたげだな」  促されて、視線を隆人に向けた。 「大切なのは凰だからか?」  続く言葉を口にできなかった。また目を伏せる。隆人の腕に力がこもり、隆人の方を向かされた。 「俺にとって凰でないお前はありえない。俺が鳳でない俺自身としてお前を抱けないのと同じように、だ。鳳凰の伝説なしでは俺たちは絶対に出会わなかった――そうだろう?」  その答えは遥の気分を沈ませる。 「だが、同時に言ったはずだぞ。お前が第一だ。それは変えられない事実だ」  遥は喘ぐような息をひとつしてから、隆人をにらんだ。 「相変わらずずるい奴だ、あんたは」  隆人は黙っている。それに対し一方的にまくし立てる。 「前に隼人が言ってた。あんたは人を逃げ場のないところへ追い込むのが上手だって。本当だよ。そんなふうに言われたら、 俺は今年のあんたに希望を持っちまう。俺が一番だと信じさせてくれると望んじまう」  遥は隆人の首に抱きついた。 「ちくしょう、何でこんな根性の悪い四十男に惚れちまったんだ。一生の不覚だ」 「望んでいい。俺を欲しいとはっきり言え。俺を叱って呼びつけろ。俺がそれを許すのはお前だけだ」  指先に顎をすくい上げられて、唇を合わせた。遥からも隆人の首に腕を回す。舌を絡めあい、互いの咥内を探り、愛撫する。遥は息を継ぐように唇を離しては、何度もキスをし繰りかえしながら告げる。 「いいか、よく聞け。あんたは、俺の、初恋だからな。あんたの、初恋の、相手が誰か、訊かないけど、少なくとも『十歳以上も年上の男』では、なかったろ? なのに、俺と来たら……」  遥は隆人の腿に跨がると隆人を見おろして肩を掴み、泣き笑いのように顔を歪めた。 「こんな絵にならない初恋なんて冗談じゃないよな、ほんと」  隆人が遥を抱きしめた。 「光栄だ」  しばらくの間、どちらも言葉を発しなかった。隆人の手がゆっくりと背をさする。その温かさに胸の奥から込みあげるものがあった。遥は歯を食いしばってそれを堪える。しかし、ひくひくと痙攣する体で隆人に悟られてしまったらしい。 「お前は、意外とよく泣くな」  遥は強烈な恥ずかしさにいたたまれなくなった。それと同時に猛烈に腹も立ってきた。抱擁から抜け出ようと暴れる。 「そうやってすぐ俺のことを笑うんだ、あんたは。ちくしょう、笑うな!」 「笑っていない。感動しているんだ」  遥の力では隆人の体を突き放せない。抱きしめる腕をほどこうとしても、体に巻き付いてくる。払っても払ってもしつこく遥を逃がさない。遥は叫んだ 「これ以上面と向かって笑われてたまるか! 放せ、放せったら!」 「暴れるな。大人しくしろ。動物じゃあるまいし」  遥は勝ち誇って言った。 「動物だよ。凰って言う伝説のな!」 「まったくお前はああいえばこういう――」

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