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第2話

やはり一番最初の大きな出来事といえば、初恋の相手である兄の峰一が来た日のこと。 『よろしくね、清くん』 鮮烈、その言葉に尽きるような兄との出会いは、私の人生を大きく変えた。よろしくね、と私の名前を呼んだ彼の笑顔は、天使と言うほかなかった。私が幼くして両親が離婚したのち、父子家庭になった私達のもとに、やってきた新しい母と兄弟。新しい母は私の卒園した幼稚園の先生でもあった。片親ではあったが家は裕福の部類に入るもので、園でたまたま私が、父の会社の社名を言った時の、まだ母になる前の彼女の顔と、へぇ…それは清くん幸せね、という言葉が忘れられない。兄はクウォーターであり、とても整った顔立ちをしていた。前の父がロシア人のハーフなのだという。母がいない所で、こっそりと教えてくれた。最初に来た時の、兄の馴染もうとしてくれるその姿勢は、好感を抱けるものであり、仲良くなるのに、さほど時間はかからなかった。……そう。数年は本当に仲が良かった。けれど、ある時をさかいに兄の優しさは、変わる。父方の親戚の集まりに行った後からだ。私に冷たくなった、というわけではなく、何か困ったことがあった時などは、助けてくれたりもした。ただ最初の兄とは違うと、確信があった。不満を一切口にしなくなったのだ。今思えば、親戚達に心無い言葉を、浴びせられていたのかもしれない。学校と塾と自室の往復で、話せる機会も減ってゆき、募る思いを本人に伝えることも出来ず、スケッチブックに、幼少期の彼を描くと気持ちが落ち着くことを知り、それが日課になると、ふと、自分の気持ちに気がついた。あの数年の時のような関係を取り戻したいという、それは兄に抱く感情より、もっと深いものであると…あの出会いがしらの笑顔を思い出すと、胸が高鳴る理由がようやく分かった。私はあの頃の兄に恋愛感情を抱いていたのだ。手探りな拙い会話、何も偽ることなく、接してくれたあの時の兄が言った"僕たちは同じだ"という言葉は、私にとって初めて心に直接届いたものだった。成人に近づく彼を描くことはなく、ずっと時間を共にしていたころの幼い兄ばかりを描き、いつしか題材は幼い少年ばかりになっていた。性的に少年をどうにかしたい、と思うことは一切なかったが、美しい彼らを眺めるのは好きだった。普通ではないと薄々気づいていた、中学三年生の卒業間近。リュックの口が空いていて、教科書と一緒に紛れ込んでしまったスケッチブックが、中身を盛大にぶちまけたことにより、拾うのを手伝ってくれていた兄本人の眼に触れてしまう。言葉にこそ出さなかったが、彼はまるで犯罪者を見る様な眼で私をさげすんだ。もちろんその後スケッチブックは全部処分した。何も言うことができなかった。何と言ったら良かったのか。それから数日後、兄から部屋に来るようにとのお達しがあった。どんな顔をして会ったら良いのかわからないまま、彼の自室へと足を運んだ。しばしの沈黙の後、兄は口を開く。 『僕は君を許す。君はたった一人きりの兄弟だ。』 綺麗な笑顔とその言葉に、私は打ちのめされた。何もしないで動かないということは、何も変わらずそればかりか無くすモノが出てくるのだと、初めてそこで知った。あの頃の兄はもう、何処にもいない。彼は"気持ちの悪い弟"を慈しむ"優しい兄"として、周囲に褒めたたえてもらうことが何よりも大切だった。中身も容姿も成績もすべて、文句のつけようがない人間。彼の望むとおりに、事は運び、皆がこぞってそう評した。家族とその周囲を取り巻く人間の中に、自分という人間が立つ場所がないと、ひしひしとそう感じ、この歪みから逃げ出したいという気持ちに急かされ、美大を卒業した次の日に家を出た。家族に費用を負担してもらう必要がないほど、貯め込んだバイト代。仕事と学校と創作の往復は、皮肉なほどの成果をもたらした。いつしか、飛び抜けた、というよりは、安定の、と評される美術作家になっていた。悦木という、美大、いや、学生生活で出来た唯一の友人に紹介してもらった、心療内科の先生のもとにはじめて行った時の、あの会話は今でもはっきりと覚えている。 『まぁ、貴方はごくごく普通の人ですね。少年が好き、というよりは初恋の相手が幼いお兄さんであった、というだけでしょう。多くの人は最初に好意を抱いた人間を軸に、好みを形成してゆくものなんです。』 『…あの、』 『ああ、スケッチブックの件も一般的ですね。本人に被害が及ばないように、別の場所で発散するということをしていた貴方は、偉いほうだとアタシは思いますよ。みんなどこかしらおかしいもんです。言わないだけでね。アタシだってそうです。ただ少し不眠症の気があるようなので、軽い睡眠薬を出しておきます。』 実にあっけらかんとした、かなりお年を召された女医さんの言葉は、私の人生に影響を与えた。自分のそれを拒絶しないで、受け入れることが大切なのだと、徐々に学んでいった。日常の端々に小さな幸福を見つけることが、日々を潤すのだとも知った。顧客さんや新規のお客さんから、受注を受け作品を手渡たのちに"貴方に頼んで良かった"と言われるたび、学生時代の、実家での辛かったことに傷ついていた心が、次第に癒されてゆくのを感じた。僕の居場所は此処だ、と思えるようにもなった。

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