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第4話
けれどそれは…長くは続かなかった。かつての天使、義兄の峰一が私の家をたずねてきたのだ。昔の面影が薄ら残る笑顔で、元気か、と問う彼に恐怖した。会わないようにしてきたのだ…主治医とも話をして、代理人を通して、実家にも連絡をしていた。だから分かった。彼自身の独断で、此処に来たのだと。
『…兄さん、どうして』
『何でなんて…理由がいるのか?』
僕たちは、兄弟だろう。
お互い思うところはあるだろうが
先は長いんだから
『また関係を築いていきたいんだ。』
昔の仲が良かった時のように。
…おおかた、親戚たちや近所で何かを言われたに違いない。弟さんとは、どうなの。とかなんとか。今年、結婚すると言っていたから、そのタイミングで、今回の訪問に踏み切ったのだろう。今日は顔を見に来ただけだからもう行くよ、とその日はすんなり帰っていった。後日、兄と食事をする日をもうけた。時々お世話になっていた家政婦さんお願いして、料理を作ってもらい、自宅で兄に振舞った。兄の近況を聞きながら、向かい合って食事をする。ところで、清。と話題を変えたかと思うと、兄は眼を細め、ひとつため息を吐いた。ゆっくりと口を開く。
『…恵咲くんとは』
どういう関係、なんだい?
ああ…この人の中では変わらず
僕のことは
犯罪者、のままなんだ。
調べて…問いただすくらいに。
そう確信した瞬間だった。
『恵咲くんは…年の離れた友人だよ』
いま現在の、嘘偽りのない答え。
身体から力が抜けていくような
絶望が全身をおおっていく。
ばらばらになりそうな身体を
必死につなぎ止めて
兄と対峙する。
『彼に…恋愛感情がない、と言い切れるか?』
真っ向からそう聞かれて
言葉に詰まった。
『即答出来ないなら、彼から離れたほうがいい。』
彼への気持ちを
強制的に自覚させられる。
『残念ながらどうしたって、お互い幸せにはなれない。清…お前は悪くない。しかるべき処置をして、その上の事案なんだ。』
これは事故だ。
だから僕は責めない。
『たった二人きりの兄弟じゃないか。』
ああ…そうか。
この人は
彼が"少年"だから
好意を持ったと
そう思ってるんだ。
『安心しなさい、清』
"ひとりの人間"としての
彼に惹かれたとは
『後のことは僕がぜんぶやっておくから』
微塵も、思っていないんだ。
けれどそんな違いは、彼を含めた世間一般では、どうでもいい話。重要なのは過程ではなく、少年に気持ちがあったという、その事実だけなんだ。恵咲くんの、彼の笑顔が、脳内を占める。…身辺整理は自分でやるから、手を出さないでくれ、と兄に告げた。兄は渋ったが、そこだけは譲らなかった。兄が帰った後のリビングで、抜け殻ようにたたずんだ。彼…恵咲くんとの大切な約束は、守れそうになかった。兄とのことがある前に、描いていた絵があった。恵咲くんが家に訪ねてくるきっかけになった、あの絵だ。線画に色を塗る段階で、あの出来事があったものだから、青くするつもりだったが…黒になった。当時の私は、自分がどうしようもなく穢れたものに思えていたから。どうして、黒なんですか。清さんなら、青にするはずなのに。彼はそう、言い当てた。……この時の私の心は、青にすることを許さないと言ったんだ。お前には、その権利がないと。そう正直に言えば、彼はそれ以上深くは聞かず、頷いた。あの満たされていた日々で、ゆたかになった心から、彼とあの約束をした。
『…、……もう一度、リベンジしても良いかもしれないね。今度は、ちゃんと素直に色をつけて、今の私を表現するはおもしろそうだ。』
そう言ったら
『本当に?約束、してくれますか』
と彼は問い返し
それに私は
『良いよ。必ず、守ろう。絶対に…描くよ。』
その時、そう誓った。
けれど誓いを破って、彼を置いていかねばならなかった。秘密の場所に、いつも通り鍵を隠して。あの絵だけを残し、私は彼の前から姿を消した。
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